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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
閑話
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学祭後 週明け月曜日 ―圭介―

学祭明けの月曜日、圭介はいつもより早い時間に職員室の自分のデスクに鞄を置いた。

まだ出勤していない教師の方が多く、遠くの方から掛けられた挨拶に会釈をしながら応える。

上着を脱いで椅子の背もたれに掛けると、ぎしりと音を立てて椅子に腰掛けた。

使いまわしのデスクセットは、何年使っているのか分からない年代物。

ところどころ傷の付いたスチールの天板には、余分なものは置いていない。


担当クラスを持たない圭介は、最低限必要なもの以外は準備室の自分のデスクに置いていた。

足元に置いた鞄から手帳と、紙袋を一つ取り出す。

それを一瞥して、黒板にある週の予定を手帳に書き写していた。



「おはようございます、遠野先生」

しばらくして、隣の席に人が立つ気配。

挨拶の声に、圭介は顔を上げた。

「おはようございます、溝口先生」

いつもどおりの微笑を浮かべて挨拶を返すと、溝口は少しほっとしたように椅子に腰を下ろした。

いつもどおりジャージの下穿きとポロシャツの溝口は、圭介のYシャツ・スラックス姿を暑そうですねぇと評しながら。

「今日は学祭の片づけがメインだから、授業がない分、気が楽ですねぇ」

ばさばさと机の上においてある数冊のバインダーを横にどけながら、溝口は手帳を引き出しから取り出した。


圭介のデスクと正反対に、溝口の机は“乱雑”の一言に尽きる。

いるんだかいらないんだか分からないバインダー、生徒から貰ったいつのものか分からない飴。

圭介が一番理解できないのが、手帳が引き出しにしまわれていること。

予定を書き込んだ手帳を机に入れっぱなしにするならば、手帳の意味がないのではないだろうか。


一度そう聞いてみた事があったが、溝口はきょとんとしてさも当たり前に言った。

“気分です”

手帳に予定を書いただけで、なんとなく満足感があるから。

必要なら、職員室の予定表を見ればいいんだし。



きっと、相互理解は遠い話だなと思った記憶がある。



圭介はべらべらと学祭の愚痴を口にする溝口に、小さく息を吐き出して先ほど机に置いておいた紙袋を差し出した。

「よろしければ」

その言葉に、圭介を見ないで話していた溝口が顔を上げた。

紙袋に、目が止まる。


「……なんですか、これ」

「……私も不本意なので、いらないと一言、言ってくださればありがたいのですが」

「ください。ありがとうございます」

よく分からないが、圭介が嫌がるというところに興味が惹かれたらしい。


手を伸ばして、圭介から紙袋を受け取る。

それを膝の上に乗せて袋の口を開けると、目に入ってきたのは布にくるまれた物体。

その脇に割り箸と、インスタントの味噌汁の小袋が見える。


……もしかして。


溝口は内心得心がいったように、にやりと口端を上げた。



「ゆいさん?」



圭介は楽しそうな溝口から視線を外すと、手元の手帳に意識を向ける。

「溝口先生にご迷惑をお掛けしたので、お詫びにとの事です。失敗しました。いつも私のお弁当を狙っている同僚の教師だというような紹介をしなければよかった」

「って、なんですかっ。その紹介文!?」

はぁ……と、盛大に溜息をついた圭介に、溝口が突っ込む。

「端的で、そのままだと思いますが」

顔も上げずに言い返してくる圭介に、思わず苦笑する。

「ゆいさんが絡むと、遠野先生は腹黒光臨するって事ですね」

「由比さんに負担ばかり掛けてしまって、本当に憎らしい。溝口先生が」

「うわー、なんか凄い不穏な言葉!」


ぽんぽんと交わす会話に、溝口は初めて圭介の素に触れたような気がしていた。

完璧すぎて胡散臭いと思っていた奴は、好きな女性が絡むと心が狭くなる嫉妬野朗だった。

笑えて仕方ない。



「ゆいさんにお礼を言っておいてください。ありがとうございますって」

「はい、分かりました」

「また作ってくれると嬉しいな、も、ついでに」

「……一食一万円になります」

「たけぇっ!」



本人達……いや溝口は結構楽しい言葉のやり取りをしていたつもりだが、実は周りの先生からちらちらと見られていた事に二人は気づいていなかった。



そして昼休み、自分が監督をする陸上部のミーティングが急遽開かれた為、食堂でお弁当を食べることになった溝口は、校内に流れる噂に自分が勝手に参戦させられた事に数日後気がつく。





教師間 曰く

――遠野先生の彼女に頼み込んで、おすそ分け貰ったらしい



生徒間 曰く

――ゆいに横恋慕したらしい




「なんで、俺の立場が悪いものばっかなんだ!」



後の祭り(笑


ちょっと閑話を挟みます。

次回、翔太ターン

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