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とりあえず、翔太VS沢渡は終了~
あー、……なんだかほっとしました^^;
声が、変わった。
優しい声が、身の竦むぐらい冷たい声音に。
無意識に肩を震わせた沢渡は、呆然と翔太を見つめる。
「しょうた、く……」
呟くように零れた声は、翔太に遮られた。
「自分が犯人と疑われない為にも、アリバイって重要だもんな」
声と共に、表情までもが冷たく変化していく。
薄く張り付いたような、笑み。
なのに笑っていない、目。
「で、沢渡さ。由比から制服を取り上げた理由は何?」
呼び名まで変わる。
「翔太くん?」
夢のような幻のような、目の前に翔太がいるのは分かっているのに、聞こえてくる言葉がそこから発せられているとは理解できない。
「俺と由比を騙した沢渡の目的、言ってみろよ」
翔太は口端を上げて、侮蔑の色を浮かべた。
目を見開いたまま固まっている沢渡に、くすりと笑う。
「何、驚いてんの? 俺って言って欲しかったんじゃなかったっけ?」
“俺”
由比に向けられたこの一人称を、羨ましいと思った。
唯一人の特別のように扱われていた、由比。
自分も、特別に見てもらいたかった。
由比だけじゃないと……
けれど、由比とは間逆の状態に沢渡は震えるしかない。
「おーい、俺の話聞いてる? それとも、言えないなら代弁しようか?」
冷たく眇められたその目は、さっき出て行った唐沢を思い起こさせる。
「まぁ、何をしたとかもういいよ。さっきここで話してたこと、外に駄々漏れだったし。大体内容は分かったから、今更言うのも面倒だし」
「え……」
聞こえて、いた?
驚いたように見開かれる目を、面白そうに翔太が見下ろす。
「どんな状態かなーとか思ったけど、まさか何もなかったかのような態度を取るとは思わなかった」
くすくすと笑う翔太は、“遠野 翔太”ではない、いつもとまったく違う人。
沢渡はどうしていいのか分からず、現実を直視したくなくて無意識に俯いた。
沢渡の脳裏に、由比と歩く翔太の姿が思い浮かぶ。
由比が翔太の隣にいるのが悔しくて……、悔しくて仕方がなかった。
自分の想像以上に、なんでもない普通の女が翔太の隣にいるのが嫌だった。
それが自分の立場を不安定にしている存在だと思えば、余計に苛立ちが募る。
だから……、制服を返してもらった。
大人しそうな由比に、派手で露出の多い服を押し付けて。
声をかけた時、バックも何も持っていなかったから、きっと携帯も持ってないんじゃないかと思って。
案の定、急かして制服を脱いでもらった時、携帯を制服のポケットから出す仕草もしなかった。
――ただ、それだけ
衣服を何も渡さなかったわけじゃない。
少し派手目な子なら、充分服となりえるもの。
ただ単に翔太から離して、二人でいるところを見たくなかっただけ。
別に怪我をさせたわけじゃない。
ほんの少し、閉じ込めただけなのに。
なんで、こんな事になってるの?
何で、責められてるの?
違う、だって……絶対……
ワタシノホウガ ショウタクンニ ツリアウモノ――
「私の方が……」
「ん?」
ぼそりと呟いたその声に、翔太が首を傾げる。
「何?」
翔太の問いに触発されたかのように、沢渡が口を開いた。
「私の方が、絶対に、釣り合う、もの」
「……」
俯いたまま言った沢渡は、ある意味よかったかもしれない。
翔太の顔を、見てなくて。
恐ろしいほど冷たく目を細めた翔太は、緩く息を吐き出して沢渡を覗き込んだ。
「ね、そういえばさっき準備室で、何を言おうとしていたの?」
がらりと変わった優しい声音に、弾かれたように沢渡が顔を上げる。
そこには、優しいいつもの翔太の顔。
「何か言おうとしていたでしょ? つい気が急いて遮っちゃったけど、なんだったの?」
それは――
「翔太くんが……」
「僕が?」
追い詰められている意識のない沢渡は、翔太の促すままにそれに答えた。
ずっとずっと大切にしてきた、翔太への気持ちを。
「好き」
幾度も描いたようなシチュエーションではなく、ただ、幾度も思い描いたフレーズだけ口をついた。
こんな場所で、こんな状況で言うつもりじゃない言葉。
翔太は沢渡の言葉に微笑むと、覗き込んでいたその体勢のまま口を開いた。
「俺は、嫌い」
言われた言葉の意味が、麻痺した感情に何も響かない。
言われた事のないその言葉が、沢渡の動きを止めた。
思考ごと。
翔太はゆっくりと上体を戻すと、手にある紙袋を持ち直した。
「じゃ、僕、先に行ってるね。黒田たちも心配してると思うし」
そう告げても、俯いたままの沢渡は微動だにしない。
そんな沢渡を一瞥して、翔太はドアノブに手を置いた。
「あ、そうそう」
そこで気付いたかのように、後ろを振り返る。
「皆には今回の事、内緒にしておいてあげるね?」
沢渡はその言葉に、ぴくりと反応を示した。
自分に気を使って言ってくれたろう翔太に、もしかして、の望みを見出すように。
けれど、現実は残酷で。
翔太はゆっくりと顔を上げた沢渡の目をじっと見つめて、にこりと微笑んだ。
「じゃないと、由比が悲しむから」
あとはもう、何も言わない。
ただ黙って立ち尽くす沢渡を残して、その場を後にした。