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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第4章 女心/子供心/男心/大人心
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32

もう少し…、ヤマはもう少しで登りきる……っ

早く沢渡の回を終えたい(苦笑

掛けられた声に、へたり込んでいた沢渡が勢いよく顔を上げた。


翔太の方に視線を向けた沢渡は、ただでさえ大きな目が零れ落ちちゃうんじゃないかというくらい目を見開いて。

翔太はなんでもないように視線を外すと、辺りを見回しながら部室内に足を踏み入れた。


そのまま後ろ手で、ドアを閉める。


「ここが、沢渡さんの言う“思い当たるところ”なの? 随分ピンポイントなんだね。迷いなくここに駆け込んだけど」

ゆっくりと足を進めながらも、沢渡との位置は変えない。

ドアを塞ぐように、翔太は立ち塞がる。



「翔太くん……、どうして……?」



沢渡は信じられないものを見るかのように、じっと翔太を見上げたままぽつりと呟いた。

それはそうだ。

図書準備室にいるはずの翔太が、こんなところにいるのだから。

翔太はおかしそうに、肩を竦めて答える。

「だって、僕の落ち度だし。沢渡さん一人に、探す労力を掛けるわけにはいかないよ」

ね? と、にこりと笑う。

その姿に、沢渡の肩から力が抜けるのが見て取れた。

ばれていない、そう、信じた。

話は聞かれていないと、その願いのまま。



部活に所属してない沢渡は、部室棟の壁の薄さに気付いていなかった。

少なくとも、叫べば外に内容が分かるくらい声が漏れるとは知らなかった。

それは防犯上の構造だったけれど、沢渡にとってはありがたくないものに違いない。

翔太は今すぐ詰め寄りたい感情を何とか押さえ込みながら、いかにもほっとしている沢渡に声を掛けた。



「もしかして、見つけてくれたの?」

翔太の視線は、沢渡の傍に落ちている白い紙袋へと向けられた。

何の変哲もない、ただの紙袋。

朝の段階で、翔太が持っていた真っ白い紙袋。

それが沢渡を責めるものになるとは、二人とも想像すらしなかっただろう。



沢渡はちらりと一度それを見遣ると、ふぅと小さく息を吐いた。

唐沢にはばれてしまったが、翔太に気付かれたわけではない。

どうとでも、言い訳はできる。

どうとでも、言い逃れはできる。

だって私は……、私なんだから……。


ずっとずっと、頑張ってきた。

自分を見てもらうために、自分を認めてもらうために。


私は、そんなに酷い事をしたわけじゃない。

ほんの少し、少しだけ我侭を……通してみただけ。

唐沢さんの言うような、そんな酷い嫌がらせをしたわけじゃ……



沢渡は一度目を瞑ってから、ゆっくりと立ち上がった。

顔を伏せたその瞬間に、“沢渡 美樹”を立て直して。

少し強張った顔を誤魔化すように、口端を何とか上げて笑みを作る。

「はい、これ」

まだ少し震えている指先を隠すように、紙袋を持ち上げて翔太へと差し出した。

「さっきね、落し物で見つけて。まさか貸し出しの制服だとは思わなかったから、知り合いに預けてたの」

翔太は微笑んだまま、何も言わずにそれを受け取る。

中はビニール袋にくるまれていて確認はできないが、さっきの唐沢の言葉を聞けば本当なんだろう。

改める事もせず、それを片手で持った。



「そうなんだ。もっと早く言ってくれればよかったのに」

少し眉尻を下げると、沢渡が少し焦ったように翔太の傍近くに寄る。

それは、先ほどの図書準備室で存在することのできた、距離。


「ごめんね? あの時、よく見ておけばよかった。そうすれば翔太くんを困らせずに済んだのに」

「いいよ、見つけてくれたんだし。これで、由比に迷惑掛けずに済むから」



“ゆい”



その名前に、沢渡の心臓が、どくりと音を立てた。


“二人が凄く大切にしているのが分かって……”

唐沢の言葉が、脳裏をよぎる。

でも、でも……


沢渡はあの時の翔太の態度に、縋っていた。

“惜しい”と言ってくれた、あの表情に。

頬を辿った、その指先の熱に。



「そういえばさ、この制服、どこで見つけたの?」

翔太はそんな沢渡を見下ろしながら、小さく紙袋を持ち上げた。

沢渡はぎゅっと胸の上を片手で押さえながら、意識を切り替える。

「食堂の、裏にね。置いてあったの」

「へぇ? なんでそんな所に……、ていうかどうして沢渡さんはそこにいたの?」

怪訝そうに首を傾げる翔太に、沢渡は考えていた言い訳を矢継ぎ早に伝える。



沢渡はあの時の翔太の態度に、縋っている。

それは少しの違和感さえも、きっと思い過ごしと思ってくれるくらいには自分を見てくれているはずだと、そう信じる為に。



「たまたま後輩の子とそこで待ち合わせしてたの! 

そうしたらその子が紙袋を見つけて、一緒に中を見たら制服が入ってて。

てっきり校庭で何かパフォーマンスしてる人が、荷物としてそこに置いといたのかなって」


用事があったから、後輩に託していたの。

そう続けると、翔太は得心がいったように頷いた。




「なるほどね。それは重要な役だね、唐沢さん」


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