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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第4章 女心/子供心/男心/大人心
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29

今回ちょっと長いです。

沢渡、翔太じゃない人にばれる、の巻~




「沢渡先輩」


沢渡が目当ての部室に入ると、先に来ていた後輩が座っていた椅子から立ち上がった。

「唐沢さん、突然ごめんね?」

上がった息を整えてふんわりと笑いかけた。



二年の唐沢は、少し前からの知人。

体育教官室で”お弁当の彼女”の名前を知っていると溝口に言っているのを聞いてから、沢渡はただ見知っている人だった唐沢と情報交換をする間柄になった。

体育教官室での話を聞いたという沢渡のお願いに、唐沢は遠野兄弟の情報をくれるという交換条件で、お弁当の彼女の名前を教えたのだ。

名前を教える代わりに貰える翔太の情報は、他愛ないものでも学年の違う唐沢にとって、またその友人にとってとても嬉しいものだった。

可愛いと評判の沢渡と、仲良くできるというのも。





沢渡が足早に傍によると、いいえと笑って紙袋を手渡された。


それはお目当ての、制服。

「あとで教室にって言ってたのに、大丈夫なんですか?」

「うん、大丈夫」

紙袋を確認して、それを手に持った。

目印と中を見られないようにとの意味で持ち手に縛り付けておいた紐は、渡した時と同じままになっていて内心安堵する。

あの時はさらりと見せただけだから気付いていないと思うけど、よく見れば分かってしまうから……。



早く、翔太くんの元に戻らないと……。


さっさと部室を出て行こうとした沢渡に、唐沢が唐突に声を掛けた。


「あ、沢渡先輩。その紙袋の中身なんですけど……、それって制服でしたよね?」

その声は、沢渡の反応を伺うような声音で。

思わず、沢渡の足が止まった。


今更いきなり疑問を持たれた沢渡は、足と共に止まってしまいそうだった思考をなんとか動かす。



さっき二人で中を確認したから、分かっているはずだ。

なのにあえて問いかけられている理由に、言いようのない不安をかきたてられた。

けれど……

沢渡は意を決すると、小さく頷く。

「えぇ、そうよ」

「それって、ゆいが着てた奴ですよね?」

唐沢の言葉が、鋭く続いた。

それは、沢渡にとって悪いほうに。

「え?」

一体、何なのだろうと沢渡は混乱しながら唐沢を見た。

あの時私は、置き忘れとだけ言ったのだ。

それに見ただけじゃ分からないはず……。



動揺しそうな感情を押さえ込みながら否定する言葉を口にしようとした時、唐沢は少しむっとした様な表情で口を開いた。


「もしかして私、沢渡先輩に使われました?」


言われた言葉に、目を大きく見開いた。


「唐沢……さん?」

なぜこんなに責められるような状況になっているのか、沢渡は訳が分からず口端にまだ笑みを残したまま後輩の名前を呼ぶ。

その声にやはり表情は変えないまま、唐沢は言葉を続けた。



「さっきメールを貰う前に、沢渡先輩の教室に行ったんです。

そしたら先輩はゆいが着ていたはずの制服が見当たらないから翔太くんと探しに行ったって、そう言われて。その時はなんとも思わずに、教室から出てきたんですけど」



よく考えてみたら、沢渡の行動がおかしいことに唐沢は気付いた。




もともとこの紙袋は、少し前に沢渡に呼び出されて待ち合わせた場所に不自然に置いてあった物。

あの呼び出しも、おかしかった。

陸上部の出し物で校庭にいた唐沢に、沢渡から突然メールが来たのだ。

“食堂の裏手に来て欲しい”と。


確かに沢渡と会って遠野兄弟の情報交換をする時はそこを使ってはいたけれど、それは食堂の中であって裏ではない。

しかも学祭中は食堂が休みのため、ほとんど人が来ない場所なのだ。

けれどいつもの事だとなんの疑いもなく、メールを貰ってすぐ食堂へと急いだ。


午前中に由比と遭遇していた唐沢は(圭介のいる準備室で会った女生徒三人のうちの一人)、部活の仲のいい人たちと、由比のことで盛り上がっていた。

だから、話を盛り上げる為にも貰える情報ならすぐに手にいれたかったのだ。



沢渡の言う通り食堂の裏手に来た時、何の変哲もない白い紙袋が置いてあるのに気がついた。

違和感を感じて覗き込もうとした時、沢渡に声を掛けられたのだ。

今思えば、絶妙なタイミング。


沢渡にそれは何? と問いかけられて、ありのままを話す。

ここに来たら置いてあった事。

今気付いて、中を改めようとした事。


沢渡は唐沢の言葉に小さく首を傾げると、その紙袋を開けて中を覗き込んだ。

そこにはビニール袋にくるまれた何かが入っていて。

ビニールを取り出して中を見てみると、それは学校の制服だった。



――もしかしたら、何かパフォーマンスをしている子が、ここに置いたのかもしれないわね。かといって、このままって言うのはちょっと困るわね……


沢渡は困惑したような声で、袋を閉める。

だから唐沢には一瞬しか見えなかったけれど、確かにこの学校の制服だというのは見て取れた。


――私、落し物として届けた方がいいですかね?


内心面倒な事になったなと溜息をつきながら唐沢が沢渡を見ると、いいえと頭を振ってくれた。


――いいわ、私が後で持っていってあげる。面倒でしょう? ただこの後すぐに用事があるから、三時半くらいにうちの教室に持ってきてくれる?


沢渡のその言葉に腕にはめている時計を見れば、現在時刻が二時前。

唐沢が陸上部の当番が終わるのが三時過ぎだから、丁度いいと頷いた。


沢渡は唐沢の返答に頷くと、ここには置手紙をしておけばいいしと言って制服のポケットからミニサイズのメモ帳とペンを取り出した。

そして持っていた髪のゴム紐で持ち手を縛って閉じた沢渡は、これで中身が足りないとか文句を言われる事はないでしょう? と微笑んだ。

てきぱきと処理をする沢渡を見て、さすが委員長を歴任しているだけあると唐沢は心から尊敬していた。






「だから気が急いて少し早めに教室に行ったけど、沢渡先輩がいなくて受付の人に聞いたんです」


そこで聞いたのが、翔太と一緒に見当たらない制服を探しに行ったという話だった。

「そしてもし貸し出している制服を着ている人見かけたら、声掛けて確保してねって頼まれました。その時……」


唐沢の視線が、沢渡の持つ紙袋にゆっくりと向けられた。


「特徴を教えてくれました。制服は一緒だけど、ベストが指定とは色が違うって」

「それは……」


なんとか誤魔化せないかと言葉を続けるが、唐沢は一睨みすることでそれを遮った。


「もう一つ。裾にクラスの名前が書いてあるって。その中身が制服だって言うのは見ていたから、教室から出た後ふと気になって……」

それでここに走って戻って来て、中を見ました。

そう告げる唐沢は、じっと沢渡を見つめる。


「中身は、沢渡先輩が翔太くんと探しているという制服でした。さっき一緒に中を見たんだから、先輩だったらすぐ気付きますよね? 

先輩のクラスが扱ってるんだから、ベストの色がこうも違ければ普通疑問に思うはずですよね?」



唐沢の淡々とした口調に、沢渡の表情が強張っていく。



そう。


由比から制服を取り上げたあと、食堂の裏手に来るよう唐沢に沢渡は連絡をした。

人気が少ない事を、昨日のうちに確認しておいたから。

そして唐沢より先にその場所について、紙袋を置いておいたのだ。

いかにも、置き忘れのような感じで。

そしてそれを見つけて中を覗こうとした唐沢に、まさに今来たばかりと声を掛けて、一緒に発見者となった。




由比がいなくなった後、制服を持ってクラスに帰ったら絶対に疑われるから。

ワンクッションとして、唐沢を使ったのだ。

クラスに戻してきたのが沢渡じゃなきゃ、それでいい。

現に唐沢は由比と沢渡が一緒にいた時、陸上部の出し物で校庭にいたのだ。

それを把握しての、計画だった。


唐沢にはちゃんとしたアリバイがある。

そして唐沢と一緒に見つけたことによって、沢渡が犯人になる事はないと踏んだのだ。



その後は落し物として届ける前にもう一度確認するような振りをしながら、それが探していた制服だという事を翔太に話せばいいと思っていた。

どういういきさつがあったにせよ、結局由比が勝手に誰かと制服を交換し、そしてそれを見張るべき翔太が把握できなかったという事は事実だから。



翔太は、沢渡に感謝するだろう。

あれだけ見え見えの好意を寄せている由比を、面倒ごとに巻き込まなくて済むのだから。

沢渡にしても翔太との間に秘密を持てることになって、ある意味特別な関係になれる。



もし仮に由比に会って犯人は沢渡だと言われても、状況も物的証拠もなければ言いくるめられると思った。

沢渡の作り上げてきた、周りからの信頼。

そして流されやすそうな性格の由比を見て、こちらが引かなければ折れるだろうとそう思った。

沢渡の味方は沢山いる。

けれど、由比の味方は翔太と遠野先生の二人しかいないんだから。



それにもしかしたら面倒をかける嘘吐きの子として、翔太の興味もなくなると思ったのに――




なんだか痛々しいような感じですみません。

早めに更新しますm--m

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