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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第4章 女心/子供心/男心/大人心
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28

「翔太、くん」

微かに震えを含む声に、翔太は“何?” とでも言うように小さく首を傾げる。

「あの、……ね?」

緊張のまま途切れがちになる言葉を、なんとか音に変える。

頑張らなければ、口の中で消えてしまいそうなほど小さな声。


「あの……」

意を決してぎゅっと手を握り締めた沢渡に対して、翔太はふぅと溜息をついた。

それは絶妙なタイミング。

沢渡は次の言葉を繋げるタイミングをはずされて、眉尻を下げた。

「でもホント、困ったよね」

もう一度付いた溜息と共に、翔太が呟く。

内心悔しさを感じながら、沢渡は翔太の言葉を聞き返した。

「……困った?」

何が? 

言外に含めたその言葉に翔太は沢渡の頬に当てていた指を下ろすと、校庭をもう一度見遣った。



私服の混ざる、いつもより多い人達。

学校という日常の中の、学祭という非日常。

きっと、誰もが浮かれている。



それは、沢渡も、同じ様に。



「制服。見つからなかったら、まずいよね」

その言葉に、沢渡の意識が現実に戻される。

そうだ。今は制服を探している途中。

それが見つからない限り、翔太はここに留まってくれない。

縋りつくような沢渡の視線に、翔太は気まずそうに首筋を片手で押さえた。

「惜しいけどね」

「え……?」


何が?

何が、惜しいの?


「僕、教室を廻ってみるよ」

そう言って、体温の感じられるくらい傍にいた翔太が、沢渡から離れていく。

それは、とてもあっけなく。

先ほどまでの甘い雰囲気は、一体どこにいったのかと目を見張るほど。

思わず沢渡は、離れていく翔太の腕を掴んだ。

それに気付いて、翔太は足を止める。

振りほどこうとすれば簡単だけれど、動かそうともせず沢渡を見下ろした。

「あ、あの」

焦ったように口をぱくぱくとさせる沢渡を、不思議そうに首をかしげて見遣る。


「どうしたの?」


ほんわかと笑うその表情は、沢渡が恋をしたその顔で。

今のこの状況が、沢渡の感情に拍車をかける。


「あのっ、あの……」

沢渡の中で、選択肢が大量に生まれてそして消去されていく。



翔太と、二人の時間を過ごす為には。

翔太に、想いを告げる為には。



その目的の為に、どうすればいいのか――


そして何よりも今からやろうとしていることは、墓穴を掘ることになるのかもしれないという不安。


けれど、低い可能性は……自分に都合の悪い選択肢は消え去った。


意を決したように、翔太を見上げる。


「私に、少し思い当たるところがあるから。翔太くん、ここで待っていてくれる?」


……掛かった……

翔太は、内心ほくそ笑む。

しかし顔には何も出さず、こてんと首を傾げた。


「……思い当たるところ?」

聞き返すと、沢渡はこくりと頷いて翔太の腕から手を外した。


「多分だけど、一度見に行ってみるから。ここにいてくれる?」

制服のポケットからここの鍵を取り出して、翔太に手渡す。

そしてそのままドアへと向かった。

「僕も行くよ?」

「ううん、一人の方がいいから。すぐに戻ってくるね?」

がらりとドアを開けて、沢渡は足早に準備室から出て行った。


その後姿を翔太は準備室のドアから顔を出して見送ると、くすりと笑って廊下に出る。

そのまま準備室に鍵を掛けると、沢渡のあとを追いかけた。






沢渡は準備室を後にすると、そのまま階段を駆け下りて行く。

そして携帯を取り出すと、簡単にメールを送った。

宛先は、二年の後輩。

その返信はすぐに来て、沢渡はそれを確認すると部室棟に向けて駆けていった。

待っててと言ったけど、翔太がいつまでもそこにいてくれるとは限らない。

もしかしたら、いるかもしれないあの人を見つけて、行ってしまうかも……


脳裏に、“ゆい”の姿を思い浮かべる。

それだけで、どす黒い感情がわきあがってくる。


普通だった。

本当に、ただの、普通の女。

長い髪と眼鏡に隠されていたけれど、特筆すべき点が見つけられないほど普通の人。

押しに弱い、何も考えていなさそうな女。



彼女の存在が、自分を脅かしたのだと思うだけでも腹立たしい。


翔太が沢渡のお願いを聞いてくれなくなって、周りから向けられたあの視線。


――可愛いからっていい気になって

――男が皆言う事聞いてくれるとか、勘違いしてんじゃない?

――ただの勘違いだったんだねー、沢渡の。恥ずかしい~


それは、侮蔑を含んだ、視線と悪意。



分かってる。

これは八つ当たり。

だから? 八つ当たりだから、何だっていうの?


あの人が、お弁当なんて作らなければこんな事にはならなかった。

ずけずけと、この学校の日常に入り込んでこなければ。

翔太くんをとられる事もなかった!

翔太くんに避けられる事もなかった!


この学校の生徒でも無いくせに、図々しく……!



沢渡の脳内では、周りから向けられた悪意への悔しさと苛立ちが、由比への嫉妬に変換されて増幅していた。

八つ当たりだと気付いていながらも、そこまで自分が理不尽な事をしている自覚はほとんどなかった。

自分に恥をかかせた由比に、やり返しをしたかっただけ。

翔太と楽しそうにクラスを廻るのを、止めさせたかっただけ。




その行動の先が、どうなるのか、まだ気付けない。



それは、沢渡の後ろから気付かれないように追いかけてくる、翔太のみが知る。




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