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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第4章 女心/子供心/男心/大人心
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27

「翔太くん!」


教室を出て階段を降りようとしていた翔太の耳に、沢渡の声が届いた。

いつもより足早に歩いていた翔太に追いつく為に、小走りで来たのだろう。

すぐそこの教室から来ただけだと言うのに、息の上がっている沢渡に振り向く。

「どうしたの? 沢渡さん」



いつもの、遠野翔太。

まだ、ここでは。

いつもの、遠野翔太で。



いつものように人好きのする笑顔を浮かべると、沢渡はさも当然のように翔太の隣に並ぶ。

「私も一緒に探させて? もし制服が返って来ないと、翔太くんに迷惑掛けちゃうし」

……俺に?

一番迷惑が掛かるのは、由比だと思うんだけどなぁ。

なんで俺の心配をするのか、意味わかんねぇ。


翔太はありがとうとそれに答えて、階段を下り始める。

するとシャツの裾を引かれて、立ち止まった。

横を見ると、斜め後ろに立ち止まる沢渡の姿。

「ね、上の階に行って校庭を見てみない? それでいなかったら、教室を順に廻ればいいと思うし」

とりあえず校庭を見る必要がなくなるから、効率いいよ? と言われて、翔太は内心首を傾げていた。


なんでこんなにも由比を探そうとする?

実際はいないけど、もし会ったら気まずくないのか?

それとも、本当にこいつじゃないのか? 犯人……



翔太は逡巡するように眉を顰めたが、結局は頷いて沢渡と共に階段を上り始めた。

分からないのなら。

相手の思惑にのっかって行動するべきだ。

罠があるなら、何かする気なら、落ちてやるよ。

その後、自分がどんなやり返しをするか分からないけど。





「ね、翔太くん。あの人と、本当はどんな関係なの?」


階段を最上階に向かって歩きながら、沢渡は可愛らしい仕草で首を傾げて翔太を見上げた。

ふわりと肩口から零れる髪の毛が、白い肌を滑って沢渡自身を飾る一部となる。

計算されたような沢渡の姿を、翔太は内心苦々しい思いで見遣った。

決して自分が否定されるとは思っていない、その揺ぎ無い自信はどこから来るのだろう。


翔太はポケットに片手を突っ込みながら、くすりと笑う。

「沢渡さんには関係ないって、どれだけ言えば分かってもらえる?」



それは、今までと同じ様な声音で。

毒を含ませた言葉を。

沢渡に向ける。



笑顔とその言葉のギャップに、沢渡は意味が分からないように瞬きを繰り返していたが、やっと理解できたようだ。

見る間に頬に赤みが差して、前で握り締めていた両手が微かに震えている。


「僕が誰と仲良くしていても、沢渡さんには関係ないよね?」



暗に……いや直接的に、由比は唯の関係ではない事を匂わせながら最上階に着いた。

ここは、さっきまで由比や圭介と一緒にいた場所。(溝口は消去(笑)

由比が誰かに閉じ込められたところ。

誰かが、由比を騙したところ。



「……ちょっと待ってね、図書準備室の鍵を持ってるからそこから校庭を覗いてみよ?」


沢渡は少しぎこちない声音になりながら、制服のポケットから小さな鍵を取り出した。

それは見覚えのある、何の変哲もない鍵。

今朝、翔太が図書委員から借りた、その鍵。

……由比が閉じ込められていた、その場所の鍵……

沢渡はぱたぱたと小走りで準備室に駆け寄ると、その鍵を使ってドアを開けた。




かちゃ、と小さな音がしてそのドアが開く。


そこには、数十分前と同じ光景が広がっていた。



そのまま沢渡は窓際に寄ると、校庭を見下ろす。

「うーん、見当たらないね。メガネ掛けてて、髪の毛の長い子だよね……」

窓を開けて校庭を見回すその後姿に、何の動揺も無く。

翔太は沢渡に歩み寄りながら、どうすれば本当のことを聞きだせるか頭の中で計算していた。




「そうだね、やっぱり校舎内にいるのかも」


とん、と沢渡のいる窓枠に手をつく。

傍から見れば、沢渡を腕と身体で窓際に囲っている状態。

沢渡もそれに気付いたのか、視線だけ上げて翔太を見つめた。

それに気がついたように、翔太は眉尻を下げて目を細めた。

「冷たいこと、言ってごめんね? あんまり由比の事、聞かれたくないんだ」

少しだけ、甘やかな色を声にのせて。

「翔太、くん?」

戸惑ったような、期待するような、さっきとは違う赤みの差した頬。

きっと今ここに黒田がいたら、悶絶しているに違いない。



翔太は内心友人の姿を想像しながら、微かに口端を上げた。

「彼女は僕たちにとって大切な人だから、あまり悪く言われたくないんだ」

その言葉で、沢渡の表情に影が差す。

「翔太くんは……。その……好き、なの?」

翔太は沢渡の言葉に、小さく頭を振った。

「大切な、人、だよ」

「好きじゃないの?」

「……ね。沢渡さんは、どうしてそんなに拘るの?」

「……え?」

ますます赤みの深まるその頬に、するりと指を滑らせる。


「赤い、ね」



ぴくり、と沢渡の肩が揺れる。

今や期待しか見つけることのできないその目は、じっと翔太を見上げていて。

もし校庭のどこかで誰かが翔太達を見ていたら、確実に誤解するだろう状況。

少なくとも、沢渡は半信半疑なまでも翔太の感情が自分に向いていると期待していた。



頬を撫でた指先はそのままそこに留まり、翔太が見ているのは沢渡だけ。

翔太はあえて何も口にせず、ただじっと沢渡を見下ろした。

ほんの少しの時間だったけれど、沢渡は恥らうように目を伏せる。

「……さっきと、態度がぜんぜん違うね。私のこと、避けたでしょ?」

拗ねるような口調に、翔太はくすりと笑う。


「……察してよ、沢渡さん」


“何を”とは言わない。


けれど、想像できる事は少ないだろう。

そしてたいがい、自分に都合のいいことを選択するのだ。

それを選択するように、仕向けるのだから。

こういう所は、圭介に似ているなと翔太は内心苦笑した。

相手が言い出すのを待つ為に、上手く誘導する言葉。

腹黒と由比に言われても仕方ない。



由比の嫌そうな半目の表情を思い出して、つい口元が緩む。




案の定、沢渡は自分に都合のいい方に解釈した。

それは、自分が持つ絶対の自信が成せる業。



幼い頃から、可愛い、綺麗と賞賛されて育ってきた。

それに見合う努力もした。

嫌でも、皆から注目される存在でいるために、クラス委員もやってきた。

だからこそ、由比に会ってから……いや会う前からずっと考えていたのだ。



――私の方が、翔太くんに、似合うはずなのに




俯いたまま視線を上げると、口元を緩ませて微笑む翔太の表情が目に映った。

その笑みに、心臓がどくりと音を立てる。


可愛い、優しい、翔太くん。

ずっと片思いをしてきた相手。

違う一面を見てしまったけれど、それも翔太で。

ゆいとは、ただ仲がいいだけなのかもしれない。

近所の人とか、親戚とか。

“僕の”大切な人とは言ってないもの。

遠野先生にとっても大切なのであれば、翔太くんの彼女じゃないかもしれない。

遠野先生の彼女かもしれないもの。



翔太くん優しいから、きっと、それで……




沢渡はぎゅっと制服のスカートを握り締めると、顔を上げた。

言うなら、きっと、今。

今なら、避けずに聞いてくれるはず。




顔を上げた先の翔太を、じっと見つめた。



本気モードの腹黒翔太、光臨(笑

書いててなんだけど、いやだなぁ……



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