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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第4章 女心/子供心/男心/大人心
85/153

25

圭介が由比を駅に送っていった頃。


クラスに戻った翔太は、割り当てられた当番である受付に座っていた。

一緒に当番をしているのはクラスでも仲がいい方の男子生徒で、黒田一成。

黒田は翔太が戻ってきた途端、その隣の席に陣取ってさっきの噂の彼女……それは由比のことなのだが……を何とか聞き出そうとしていた。



それは純粋な興味。

友人としての、好奇心。

他の人よりも早く知りたいと言う、思春期特有の独占欲。


友人の悪意のないその感情は、他人の心を計る事に長けている翔太にとって、嫌いではないもの。



「ゆいって、お前の彼女なんだろ?」

なんとかの一つ覚えのように、翔太が反応しなければ腕を小突きながら黒田は懸命に聞き出そうと問い掛ける。

「はは、どーだろねー」

翔太も、これまたなんとかの一つ(以下略)のように、同じ返答を繰り返していた。

黒田は面白くなさそうに、椅子の背もたれに体重を掛ける。

「なんだよなー、あそこまで見せびらかしておいて肝心な事はいわねぇって、お前Sか? ドSか?」

そして往々にして、思春期の年代は物珍しい単語や一つ間違えると貶す事にもなりそうなぎりぎりの意味の言葉を使いたがる。


「何言ってんのよ! 翔太くんがそんなわけないじゃないっ」

そこに突如割り込むように口を出してきたのは、黒田と仲のいい、比較的翔太とも一緒にいる時間の長い女子生徒。

「霧島、お前も聞いただろー。僕とかいつも言ってるこいつが、おもいっきり一人称”俺”だぜ? 翔太には何かがある。絶対何かがあるはずだ!」

何かがあって欲しい、いやなければならない!

……と拳を突き上げる黒田を半目で睨みながら、それでも霧島と呼ばれた女子生徒は興味の矛先を翔太に向けた。


「でもホント、いつもの翔太くんじゃなかったよね。付き合ってる云々は置いといても、ゆいちゃんのこと好きなのは当たりなんでしょ?」


……ゆいちゃん……


思わず噴出しそうになって、翔太は片手で口を押さえた。

高校生に、ちゃん付けされるほど年齢下に見られる由比って……。

「翔太くん?」

肩を震わせて笑いをおさめようとしている翔太を、霧島が怪訝そうに覗き込もうとしたその時だった。



「翔太くん」


鈴が転がるような、可愛らしい呼び声。

黒田が一瞬にして、顔を高潮させた。

反比例するように翔太の意識は、地を這うように冷静になっていく。

口元を押さえていた掌をはずしながら、顔に笑みを貼り付けた。

誰に対してよりも、強固なものを。



「何? 沢渡さん」


いつもの、遠野 翔太の顔を。


見上げた先の沢渡は、心配そうな表情で翔太を見下ろしていた。

「さっきの女の人、見つかったの? 探してたから気になって……」



―― さ っ き の お ん な の ひ と ――



さっきクラスに戻ってから黒田や霧島だけじゃなく、いろいろな人から由比との関係を聞かれた。

その中で、由比の事を、ゆい、と呼び捨てにする奴やちゃんづけする人。

翔太の顔色を伺いながら、さんをつける人など色々いた。


けれど、あの人、と呼んだのは沢渡だけ。

それを、唯の嫉妬とみるか。

それ以上とみるか。



翔太はことさら表情を曇らせて、肩を落とした。

「見つかったよ。でも、制服を着替えた後だったんだ。なんでも通りすがりのうちのクラスの人に頼んで、制服を着たいっていう人と交換したらしいんだよね」

「はぁ? まだ、あの制服帰って来てないぜ? それに改めて借りたって申請もないし。……ちょっとまずくねぇ?」


黒田が顔をしかめながら、貸出ノートをぴらぴらとめくる。



実際、この高校の制服を貸し出す時に学校側から言われたのが、必ずクラスの人間同伴という事。

もし持って行かれてしまった場合、学校に対するなにかしらのいやがらせ等に使われたら困るから。


「翔太、なんで目を離したんだよ」

「ホント、凄い後悔してる」

それはもう、心底。


自分が少し傍にいなかっただけで、厄介ごとに巻き込まれた由比。

見つけた、圭介。

本当の理由を、口にしない二人。


由比から聞いた説明に、納得できるわけがなかった。

そんな都合のいいことが、あってたまるか。


「その人は、今、どこにいるの?」

沢渡は、伺うように翔太の顔をじっと見ていて。

実は、由比に嫌がらせをしたんだろう犯人を沢渡だと内心決め付けている翔太にとって、その態度は不可思議なものに見えた。


もし沢渡が犯人なら。

もしここに由比がきたら。


困るのは、沢渡のはずだ。



翔太は様子を見るべく、事実とは異なる答えを返す。


「まだ校内には、いるよ。圭介と一緒かもしれないけど」

揺さぶりと、圭介にとっても大切な人間だということを伝えて、プレッシャーを掛けてみる。

「そうなの。でも、見つかったよかったわね。あとは、制服が戻ってくれば一安心なんだけど」

そう言うと、頬に掌を当てて困ったように教室のドアの方に視線を向けた。

その態度は、全く動揺の欠片もなく。



犯人だと決め付けていた翔太は表情には出さなかったが、沢渡の小さな感情の変化も見逃すまいとじっと見上げていた。



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