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「遠野弟、お前も裏表満載の奴だったんだなぁ。すげぇ、騙されたわ」
肩を並べて階段を降りていた溝口が、苦々しい声で溜息をつく。
それを聞きながら、翔太は頭の後ろで両手を組んでにやりと笑った。
「騙される方が悪いんですよ。溝口先生、単純だから」
「口調戻っても容赦ねぇっ。今まで温和な兄弟だって思ってたけど、今回の事で実感深まったな。温和にコーティングされた腹黒兄弟と認定しよう。ていうか、別に口調戻さなくてもいいぜ? ある意味しゃべりやすい」
苦笑しながら小突かれて、一・二段トントンと足を進めて止まる。
「一応先生ですから」
手を下ろして見上げると、溝口がにやりと笑う。
「それともあれか? 好きな女の前でしか素は見せねぇとか、そんな思春期真っ盛りな……、じゃ! 俺先行くわ!」
途中から意識して冷たく笑みを浮かべると、背筋を伸ばしてはっきりくっきり宣言しつつ溝口は階段を駆け下りていった。
「……マジでへたれだな、ありゃ」
圭介に勝てないわけだ、そんな事を呟いて階段を降りていく。
見慣れた階段、見慣れた校舎内。
そこかしこに、さっきまで隣にいた由比の姿がちらちらと脳裏に浮かぶ。
変態臭い気がするけど、それでもいい。
ずっと、ずっと息が詰まるような生活をしてきた。
圭介の弟として、遠野翔太という自分として。
作ってきた性格を気に入ってる面も、少しはあるけれど――
もう、いい。
由比を傷つけるなら……俺を怒らせるなら……――
もう、……どうでもいい
翔太は自分のクラスのある階に出ると、一度目を瞑って息を吐き出す。
自分の意識を、無理やり切り替えるように。
開いた視界には、沢山の生徒。そして学外の人間。
見知った顔、初めて見る顔。
翔太は目を細めて、幾分まだ遠い自分のクラスのプレートを見やった。
――さて、どいつだ?
ゆらり、と目の奧に浮かんだ冷たい怒気を、周りにいた誰もが気づく事はなかった。
「……」
にこにこしている圭介さんが怖い。
そう思うのは、きっと私に後ろめたい事があるからであって……。
車で送るといった時点でお説教タイムだろーなーと、想像していたわけで……。
夕飯一色だった私のお脳も車にやってきた圭介さんを見た途端、さすがに怒られるなこりゃと覚悟したわけで……。
だって、顔、怒ってたよ! 笑ってるけど!
なのに。
一言も怒られないとなると、ほっとするどころかものすっごく怖くなってんだけど!
何この蛇の生殺し。怒るなら早く怒ってよ!
「由比さん」
「うぁっ、はっはいっ!!」
内心の叫びと呼応したように呼ばれた名前に、早く怒れとか思っていたくせにビシィッと背筋が伸びました。
前言撤回。
怒られたくありません。
圭介さんは右折レーンで止まりながら私を横目でちらりと見ると、困ったように口端を上げた。
「そんなに怖がらなくても。反省している人間に追い討ちをかけるようなこと、流石の私でもやらないよ」
そう言って、目を細めて笑う。
「本当に?」
さっきの溝口先生に対する態度を見ていると、なんだかお腹の中にいろんなことを隠しているように思えるんですが!
圭介さんは私の考えを察したのか、困ったなと呟きながらぽんぽんと私の頭を撫でる。
「溝口先生は、ずっと由比さんに興味を持っていたからね。だからつい……。それに面白くないだろう? 由比さんを呼び捨てにされたら」
「? そーかな。だったら、圭介さんも呼び捨てにしてくれて構わないんだけど」
「じゃあ、私のこと呼び捨てにする? なら、私もそうするよ」
「圭介さんは、圭介さんです!」
即答すると、思わずと言った感じで噴出された。
前の車が動き出したのに併せて、右折する。
圭介さんの性格と連動したかのような、穏やかな運転。
そう思っていたのに、意外と腹黒翔太に遜色なかったとは!
ていうか、威圧感からいうと圭介さんの方が上です。確実に!
窓の向こうには、来る時には見なかった風景が広がっている。
バスで来る道とは違うのかな?
圭介さんは怪訝そうな私に、あのね、と言いながら少し走った場所にある大きなモールの駐車場に車を入れた。
「買い物手伝ってもらっていい? 正直、男性教師のはどーとでもなるけど、女性が好む食べ物がよく分からないから」
ゆっくりとバックで車を停車させると、エンジンを切る。
私は一つ返事で頷くと、素早い動作で外に出た。
「よかった、役に立てて。 仕事中なのに駅まで送らせるとか、申し訳ないと思ってたから」
鍵を閉めて歩き出す圭介さんに並ぶと、モールの核になっている大型のスーパーへと足を踏み入れた。
圭介説教するかと思ったら、しなかったです。
書いてる本人がびっくり^^;