19
私の間抜けな声を聞いても、翔太は頭を下げたまま。
何か苦しそうに呻いている。
「……え、と」
どうしていいのか分らず顔を上げると、怪訝そうな顔をしていた圭介さんが何かに気がついたように翔太を見た。
「翔太、勘違いだ」
その声は、少し笑いを含んだもので。
もちろん、苦笑。
翔太は顔を上げて圭介さんを睨むと、私の肩に置いた手に力をこめる。
「何が、勘違いだよ! こんな、こんな格好……っ」
……格好?
翔太を見て、圭介さんを見て、自分の格好を振りかえる。
……格好。
それは、圭介さんのYシャツ姿。
そして、圭介さんは肌着の意味のTシャツ姿。
「あぁぁぁぁっ! そーいうこと」
圭介さんの言う“勘違い”の意味に気付いて、慌ててYシャツのボタンを上からはずす。
「なっ、何やってっ」
驚いたように私の手をとめようした翔太の視線が、はたと止まる。
うん、じっと見られるのは恥ずかしいけど、今は許すよ!
私は二・三個ボタンをはずして、左右にあわせを開いた。
いや、ほんの少しね。
タンクトップが少し見えるくらい。
さすがに翔太相手でも、あの格好は見せられない。
「着てるから。制服じゃないけど、服は着てるから」
「……」
鳩が豆鉄砲食らった顔って、きっとこういうこと言うんだね。
そんなことを、翔太の顔を見ながら考えていたら。
しゅるしゅるしゅる~と音でも聞こえそうなほど萎れた顔をして、翔太が床に沈んでいった。
うん、鳩が(以下略)の次は、腰が抜ける、実際に見させていただきました。
あぁ、自分のせいでこうなっているとはいえ、翔太は可愛いなぁ。
目の前に腰を下ろすと、なでこなでこと頭を撫でてみる。
……反応無し
すると何を思ったか圭介さんもしゃがみこんで、私と一緒になって翔太の頭を撫ではじめた。
なでなで
なでなで
――ちょっ、圭介さん手おっきいんだから、もっと端に寄ってくださいよ
――翔太が可愛いから仕方ない
目で牽制しあいながら撫で繰り回していたら、ぽつり、と翔太が呟いた。
「じゃあ、なんで?」
「へ?」
いきなりの問いに、間抜けな言葉が口から漏れた。
「なんで、ここに、いるの?」
区切りながら言うその声は、硬く冷たいもので。
なでていた手の動きを止めて、思わず圭介さんを見る。
圭介さんは私の視線をうけると、翔太に顔を向けた。
「……丁度通りかかった生徒に声を掛けられて、その人と服を換えたんだってさ」
「……は?」
私の代わりに答えてくれた圭介さんに、翔太が胡乱な声を上げる。
「そんな事、出来るわけない……」
まぁ、そりゃそうだ。
嘘だもの。
内心翔太の言葉に頷きながら、あえて軽い口調で翔太に声を掛けた。
「だって、できちゃったもん。泣き落としで」
「泣き、落とし?」
うん、と頷くと翔太がゆっくりと顔を上げた。
「そんなに、嫌だったんだ」
あー、やばい。翔太が目に見えて落ち込んでいく。
私は内心の焦りを表に出さずに、小さく頭を振った。
「この制服を着たがっている子と会ってね、通りがかった翔太のクラスの子に二人で泣き落とししてみたの。そうしたら泣き落とされてくれて」
だから、泣くほど嫌だったとかそんなんじゃないんだけど。
そう続けると、少しほっとしたのか肩から力が抜けたのが見た目でよく分かった。
ていうかよく見ると、凄い、汗だくだ。
汗で、Yシャツが背中に張り付いてる。
触れている髪も、汗で湿っていて。
どれだけ翔太を走らせてしまったのか、これだけでも充分伺える。
「あの、翔太。その……ごめん、ね?」
少し、軽く考えていたかもしれない。
怒られるとは思っていたけど、ここまで必死にさせてしまうとは思ってなかった。
「……なんで、連絡くれなかった?」
翔太は私の謝罪に対して何も言わず、質問を口にする。
私は翔太の頭に乗せていた手を引っ込めた。
「携帯、翔太に預けた紙袋に入れたままで。連絡手段が無くて」
床についている翔太の手が、微かに震えているのに気がついてその上に自分の手を重ねた。
びくりと思った以上に震えられてその反応に驚いたけど、それを無視して強く手を握る。
「取り替えてくれた洋服が、こんなのとは分からなくて。外出られなくて」
だから……
「翔太に、凄く迷惑掛けた。本当にごめんなさい」
正座に座りなおして、深く頭を下げた。
こんなに、心配させるとは思わなかった。
嘘をついて、自分を悪者にしてさっきの子を庇う形にしたけど。
翔太の為だからって、そう思ったけど。
ここまで心配させてしまった姿を見ると、自分のせいじゃないって今更訂正したくなってくる。
いや、三割くらいは自分のせいでもあるんだけど。
翔太はじっと私を見ていたみたいだったけど、大きく息を吐き出して私の手から自分の手を抜き取った。
「無事なら、それでいいや」
「翔太……」
顔を上げると、既に立ち上がりかけた翔太の姿。
その顔は、強張ったままで。
それでいいといいながら、まだ立ち直れていないのがよく分かる。
翔太は投げ棄てた紙袋を手に取ると、それを私の目の前に置いた。
「あの、しょ……」
「とりあえず着替えてよ。すげー、目に毒」
翔太は私の言葉を遮ると、強張ったままの顔で口端だけ上げると笑顔を作った。
「え? ……あ、うん」
紙袋を持って立ち上がると、いつの間にか立ち上がっていた圭介さんがドアの方に歩き出す。
「私達は外に出てるから。着替え終わったら呼んでもらえる?」
「うん……」
翔太に何かいわなくちゃと、そう焦るけれど。
私は、頷くことしかできなかった。