17
翔太が出てこなかった……(笑
すみません。長くなったので2つに分けたら、翔太登場までいけませんでしたm--m
「で?」
圭介さんの言葉に固まっていた私は、続けて問われた声に答えられずぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「で?」
意味が分らない以上、質問に質問で返すという王道をとってみましょう。
圭介さんは笑ったままの顔で目を細めると、その手を伸ばして私の目元を指先で拭った。
その行動に首をかしげると、なぜか少し目元を赤くした圭介さんが何かを振り切るように頭を振って息を吐き出した。
「……聞きたいことはたくさんあるんだけど、とりあえず翔太が来る前に答えて欲しいのが三つ」
その言葉で、私は短く叫んだ。
「そうだ、翔太! 私翔太に連絡しないとっ! 圭介さん、携帯貸して……」
圭介さんは見越したようにズボンのポケットから携帯を取り出すと、ストラップを持って小さく振った。
「連絡済。今、由比さんの着替えを持ってこっちに向かってる」
それを聞いて、ほっと力が抜ける。
「よかったー。携帯を荷物と一緒に翔太に預けちゃったから、連絡取るに取れなくて。助かりました。んじゃ、もうすぐ来るかな?」
にっこりと笑って圭介さんから離れようとすると、目の前に肌色の物体が現れて足を止めた。
それは、伸ばした圭介さんの腕で。
誤魔化そうとした私に、気付いたらしい。
ちっ
内心舌打ちをしつつ口だけは、あははは、と笑い声を上げてその腕をくぐる。
「翔太早く来ないですかねぇ。圭介さんが風邪ひいちゃ……う……うぉぉ」
言葉尻がおかしくなってるのは、勘弁してください!
ドアに向けて歩き出した私の後ろから、ずんずんと圭介さんがやってくるのですよ!
「え、わ、ちょっ」
思わず足早にドアにたどり着いてしまい、その横の隅になぜか追い詰められてしまった。
……すみません、威圧感、半端ないんですが。
逃げ場のない状況で高いところから見下ろされる恐怖なんて、感じたことないだろう!
この、高身長兄弟め!
なんとなく壁にぴたりと身体をつけて、顔だけを真後ろにいると思われる圭介さんに向ける。
「……」
案の定、怒ってますよっ!
文句なく、お怒り中ですよっ!
少し広めに開いている足のせいで、この場を切り抜けるには足の間をくぐるしかない。
思わず足に目を向けて、ないない、と右手を小さく振る。
そこまでやる勇気、ないです。
「えーと? 圭介さん。なんでしょう?」
間抜けな質問に、圭介さんは笑ってもくれない。
「……なぜ、ここで熟睡してたのか。誰に連れてこられたのか、そしてその格好はどういうことか。端的に説明を」
……、先生。端的な御質問ありがとうございます。
笑顔を何とか浮かべながら、背に冷たい汗が流れている私。
こんな器用な事、できたんだねっ!
てことは、ここから逃げる事もできるかもねっ!
たとえば……
「由比さん」
現実逃避に走ろうとしたら、呼び戻されました。
恐る恐る見上げると、すっごく怖い目とかち合って思わず目を反らした。
どうしようっかなー……
冷や汗をかきながら、どう説明しようかと頭をめぐらせる。
いや、あるがままを言えばいいとは思うんだけど、さっきのあの女の子のことを言うのってなんか可哀想だよねとか思ったり。
だって、翔太の事が好きなわけでしょ? だからこそのこの行動でしょ?
桐原主任がらみでやられた嫌がらせに比べれば、こんなの可愛い嫉妬だよね。
別にそこまで嫌な事されたわけじゃないし、子供のしたこと先生に告げ口っていうのもねぇ。
それに翔太の耳に入ったら、可哀想じゃない。
どう切り抜けよう、どうにか上手く圭介さんを丸め込めないだろうかと考え込んでいたら、いつもより低い圭介さんの声が聞こえてきた。
「誤魔化そうとか、思わないほうがいいよ」
「ごっ、誤魔化す?」
声、半分裏返ったけど勘弁してくださいっ。
「そっ、そんなそんな。圭介さんに嘘つくだなんて」
ホラは吹くかもしれないけどっ。
圭介さんは私の心の声をなぜか聞き取ったかのように、くすりと笑った。
なぜか、ぞくりと背筋に震えが走る。……怖い、の方の意味で。
「嘘だと分ったら、どうしてやろうか?」
「……」
今、凄い実感した。
圭介さんと翔太は、まごうことなく兄弟です。
なんか黒いよ、真っ黒で怖いんですけど。
ぱくぱくと口を開け閉めして、はぁぁと息を吐き出した。
うん、ダメだ。
これは圭介さんには正直に話そう。
そして、巻き込もう。
私は一度目を瞑って意識を切り替えると、圭介さんを見上げた。
「えーと、ですね。翔太には言わないで欲しいんだけど」
そう先に言って、これまでの経緯を話し始めた。
諦めきれずに上手く誤魔化せないかと途中まで考えていたけれど、やっぱり無理だった。
ので、ほぼそのまま。
最初眉を顰めて聞いていた圭介さんは私の話を聞き終えると、呆れたように片手で額を押さえて呻いた。
「無防備だ、無警戒だと思ってたけど、ここまでとは」
しかも、盛大な溜息つきで。
私は頬をぽりぽりと指先でかきながら、あーうーと呻く。
「いや、なんとなく彼女の意図は掴めていたというか」
なんとなくあの女の子が翔太の事が好きでこんな事してるんだろうなって、分ってたし。
そう続けると、不機嫌そうに圭介さんは両腕を前で組む。
「だからといって、その子の思惑にのってあげることもないでしょう?」
「いや、まぁそうなんですけど。勢いに押されたというか、流されたというか。まぁ、自分の勘に半信半疑だったというか」
もしかしたら~、くらいにしか思わなかったし。
「それに、あわよくば制服から着替えられるかなーって」
まさかそれが、もっとドツボにはまるとは思わなかったけどね。
「そんなに制服嫌だった? 似合ってたけど」
「似合う似合わないじゃないし! んじゃー、圭介さんってば絶対執事服似合うと思うけど、着てって言ったら着る?」
スリーピースにモノクルは、絶対外さないからね!?
ちなみにモノクルは、日本人には結構難しい代物だからね?
圭介さんは、その叫びにあっさりと頷いた。
「由比さんがそういうなら、喜んで着るけど」
思わず、あんぐりと口を開けたまま見上げてしまった。
後から考えれば執事服なんて、スーツとあまり変わらないものなんだと気付いたけど。
その時は全く気付かないくらい、テンパッてたという事です。
圭介さんはそんな私を微笑みながら見下ろすと、片手で顎に触れながらどうしたものかなと唸った。
「まぁ、確かに聞けば翔太は怒ると思うけど。怒らせてもいいんじゃないかな」
それだけの事を、彼女はやったと思うよ?
そう続ける圭介さんの言葉を、慌てて遮る。
「え、でも別にここにいるはめになっただけだし。それに同じクラスで喧嘩したら、気まずくない? 卒業までまだまだあるよ?」
大学受験に差しさわりがあったら嫌だなぁ。
ぶつぶつと言っていたら、少し真剣な色を帯びた圭介さんの声が聞こえてきた。