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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第4章 女心/子供心/男心/大人心
75/153

15



圭介は、困っていた。

それは目の前で、すやすやと眠る由比の姿に。

パイプ椅子に座って上体を机に伏せるその格好は、色々と困る状況を作っていた。


「……」


まずいと思いつつ、目が向いてしまう。

太ももの大半を晒して伸びる、白く細い足に。

肩からずり落ちそうになっているストールは透けるほど薄く、タンクトップは体の線を隠していない。

その上背を丸めて机に伏せている為、タンクトップは上に引っ張られるように捲れていて。

肩からずれた下着のストラップが、白い肌の上に淡い色を添えていた。


「……」


そこまで観察してしまってから、挙動不審気味に視線を窓の方へと逸らす。



まだ制服の方がよかった。これじゃ、どこ見ていいのか……――



多分赤くなっているだろう頬に手を当てながらも、目は素直に由比に戻る。

細いとは分ってたけど、思った以上に華奢な体。

あんなに食べるのに、一体その栄養はどこに消えてしまっているんだろう?


そこまで考えて、ふと思い出したようにYシャツのボタンを外し始めた。

学祭だからと、普段はあまり着ないカラーシャツを着てきて助かった。

上着か白衣を着ていれば、もっとよかったけれど……

ボタンを外し終えYシャツを脱いで、由比の背に被せる。


まだストールよりはYシャツの方が透けて見えな……


「……」


思わず視線を反らしながら、手のひらで額をおさえた。


どっちもどっち……、と言う言葉がくるくると脳裏を回る。

半袖シャツだというのに由比の身体は簡単にその下に隠されて、はっきりいうならばYシャツしか着ていないようにしか見えない。

それも、自分が今まで着ていたYシャツ。


ミニスカートとタンクトップの組み合わせと比べて、精神衛生上どっちがいいのかよく分らん。



「だから、無防備すぎだって……。言ってるのに」

どうして、こんなところで熟睡してるのかな。


初めて会った時から心配の種。

あまりにも無防備で、人を信じやすい。

由比の眠る机に手を置いて、その寝顔を見つめる。


幸せそうに微かに口元を上げて寝息を立てる姿は、“女”というよりは“女の子”。

どんな夢を見ているんだろう。

「……ん」

口から零れた声に、どくりと鼓動がはねる。

身じろぎと共にさらりと肩口から零れた髪が、圭介の手に掛かった。

無意識にそれを掬い、指の間から零れていく髪を見つめる。

普段は一括りにされている髪が、こんなにさらさらしているとは触れてみなければ分らない事実。



さすがに相手への好意に気がついた後のこの状況は、圭介の感情を高揚させるのに難しくなかった。

だからそれから数分たってから、やっと疑問に思えたのだ。



「……翔太はどうした?」







「……いない」

その頃翔太は思いつく全ての場所を見終わって、最後に見に来た特別教室棟の壁に寄りかかっていた。

走り回った所為で汗ばんだ身体に、制服が張り付く。

額に掛かる前髪を乱暴にかき上げると、息を吐きながら顔を上げた。

「一体、どこにいった……?」

由比が見つからない事に、焦りと不安が隠せない。

初めてこの学校に来た由比が、俺の知らない場所に、一人でいくとは思えない。

やっぱり、誰かに何かされたんじゃ……


ズボンのポケットから携帯を取り出して、サブディスプレイを確認する。

そこには何の通知もなく、デジタルの数字が表示されているだけ。

翔太は少し考えて、携帯を開いた。

着信履歴から目当てのアドレスを表示させて、通話ボタンに指先を乗せる。


そこに表示されている名前は、”圭介”。

押そうか押すまいかで、指先を止める。


今頃、他の教師と一緒に校内の見回りをしているはず。

仕事をしている時に連絡を取るのは、圭介の立場を考えて控えていた。

けれど、そんな事言っている場合じゃない。

指先に力を入れようとしたその時、携帯が着信を伝えた。

その音に驚いて身体を震わせた後、表示された相手の名前に慌てて通話ボタンを押して耳に当てた。


「圭介!?」

いきなり叫ばれて驚いたのだろう。

一瞬しんとした後、圭介の声が流れてきた。

{……翔太、今どこにいる?}

小さく押さえたようなその声に、まだ見回り中かと気付く。


「特別教室棟の傍。それよりも、圭介っ!」

由比を見なかった? と続けようとした翔太の言葉は、圭介に遮られた。

{由比さんを置いて、なんでそんなところにいるんだ}

……え?

その言葉に、壁にもたれていた背を戻して思わず携帯を両手で掴んだ。

「由比がいるのか!?」

{いって……}

声がでかすぎたのか、携帯の向こうで唸るような声が聞こえる。

けれどそんな事お構いなしに、言葉を続けた。

「圭介、今どこにいるんだよ! 由比は、どこにいる!?」

{いたた……。今、図書準備室。そこに由比さんもいるよ}

「図書準備室!?」

なんだって、そんなところに!?


そういいながら駆け出した翔太を、圭介があわてて止めた。

{まて、翔太。今特別教室棟にいるなら、社会科準備室から由比さんの着替えを持ってきてくれ}

「は? そんなの後回しで……」

早く、由比の顔を見たい。

{いいから、誰かいると思うから必ずとって来い}

「でも……」

{落ち着け。大丈夫、私がいるから。な?}


そう圭介は言うと、慌てて転ぶなよ、と付け加えて通話をきった。

数回の電子音の後、無音になる。


翔太は携帯を耳から外すと、それをポケットに突っ込んで駆け出した。


ほっとした安堵の気持ちと、どうして鍵がなければ入れない場所に由比がいたのかと言う疑問。

着替えを持ってこいと言う、圭介の言葉。


ない交ぜの感情のまま、社会科準備室を目指して特別教室棟に駆け込んでいった。


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