15
圭介は、困っていた。
それは目の前で、すやすやと眠る由比の姿に。
パイプ椅子に座って上体を机に伏せるその格好は、色々と困る状況を作っていた。
「……」
まずいと思いつつ、目が向いてしまう。
太ももの大半を晒して伸びる、白く細い足に。
肩からずり落ちそうになっているストールは透けるほど薄く、タンクトップは体の線を隠していない。
その上背を丸めて机に伏せている為、タンクトップは上に引っ張られるように捲れていて。
肩からずれた下着のストラップが、白い肌の上に淡い色を添えていた。
「……」
そこまで観察してしまってから、挙動不審気味に視線を窓の方へと逸らす。
まだ制服の方がよかった。これじゃ、どこ見ていいのか……――
多分赤くなっているだろう頬に手を当てながらも、目は素直に由比に戻る。
細いとは分ってたけど、思った以上に華奢な体。
あんなに食べるのに、一体その栄養はどこに消えてしまっているんだろう?
そこまで考えて、ふと思い出したようにYシャツのボタンを外し始めた。
学祭だからと、普段はあまり着ないカラーシャツを着てきて助かった。
上着か白衣を着ていれば、もっとよかったけれど……
ボタンを外し終えYシャツを脱いで、由比の背に被せる。
まだストールよりはYシャツの方が透けて見えな……
「……」
思わず視線を反らしながら、手のひらで額をおさえた。
どっちもどっち……、と言う言葉がくるくると脳裏を回る。
半袖シャツだというのに由比の身体は簡単にその下に隠されて、はっきりいうならばYシャツしか着ていないようにしか見えない。
それも、自分が今まで着ていたYシャツ。
ミニスカートとタンクトップの組み合わせと比べて、精神衛生上どっちがいいのかよく分らん。
「だから、無防備すぎだって……。言ってるのに」
どうして、こんなところで熟睡してるのかな。
初めて会った時から心配の種。
あまりにも無防備で、人を信じやすい。
由比の眠る机に手を置いて、その寝顔を見つめる。
幸せそうに微かに口元を上げて寝息を立てる姿は、“女”というよりは“女の子”。
どんな夢を見ているんだろう。
「……ん」
口から零れた声に、どくりと鼓動がはねる。
身じろぎと共にさらりと肩口から零れた髪が、圭介の手に掛かった。
無意識にそれを掬い、指の間から零れていく髪を見つめる。
普段は一括りにされている髪が、こんなにさらさらしているとは触れてみなければ分らない事実。
さすがに相手への好意に気がついた後のこの状況は、圭介の感情を高揚させるのに難しくなかった。
だからそれから数分たってから、やっと疑問に思えたのだ。
「……翔太はどうした?」
「……いない」
その頃翔太は思いつく全ての場所を見終わって、最後に見に来た特別教室棟の壁に寄りかかっていた。
走り回った所為で汗ばんだ身体に、制服が張り付く。
額に掛かる前髪を乱暴にかき上げると、息を吐きながら顔を上げた。
「一体、どこにいった……?」
由比が見つからない事に、焦りと不安が隠せない。
初めてこの学校に来た由比が、俺の知らない場所に、一人でいくとは思えない。
やっぱり、誰かに何かされたんじゃ……
ズボンのポケットから携帯を取り出して、サブディスプレイを確認する。
そこには何の通知もなく、デジタルの数字が表示されているだけ。
翔太は少し考えて、携帯を開いた。
着信履歴から目当てのアドレスを表示させて、通話ボタンに指先を乗せる。
そこに表示されている名前は、”圭介”。
押そうか押すまいかで、指先を止める。
今頃、他の教師と一緒に校内の見回りをしているはず。
仕事をしている時に連絡を取るのは、圭介の立場を考えて控えていた。
けれど、そんな事言っている場合じゃない。
指先に力を入れようとしたその時、携帯が着信を伝えた。
その音に驚いて身体を震わせた後、表示された相手の名前に慌てて通話ボタンを押して耳に当てた。
「圭介!?」
いきなり叫ばれて驚いたのだろう。
一瞬しんとした後、圭介の声が流れてきた。
{……翔太、今どこにいる?}
小さく押さえたようなその声に、まだ見回り中かと気付く。
「特別教室棟の傍。それよりも、圭介っ!」
由比を見なかった? と続けようとした翔太の言葉は、圭介に遮られた。
{由比さんを置いて、なんでそんなところにいるんだ}
……え?
その言葉に、壁にもたれていた背を戻して思わず携帯を両手で掴んだ。
「由比がいるのか!?」
{いって……}
声がでかすぎたのか、携帯の向こうで唸るような声が聞こえる。
けれどそんな事お構いなしに、言葉を続けた。
「圭介、今どこにいるんだよ! 由比は、どこにいる!?」
{いたた……。今、図書準備室。そこに由比さんもいるよ}
「図書準備室!?」
なんだって、そんなところに!?
そういいながら駆け出した翔太を、圭介があわてて止めた。
{まて、翔太。今特別教室棟にいるなら、社会科準備室から由比さんの着替えを持ってきてくれ}
「は? そんなの後回しで……」
早く、由比の顔を見たい。
{いいから、誰かいると思うから必ずとって来い}
「でも……」
{落ち着け。大丈夫、私がいるから。な?}
そう圭介は言うと、慌てて転ぶなよ、と付け加えて通話をきった。
数回の電子音の後、無音になる。
翔太は携帯を耳から外すと、それをポケットに突っ込んで駆け出した。
ほっとした安堵の気持ちと、どうして鍵がなければ入れない場所に由比がいたのかと言う疑問。
着替えを持ってこいと言う、圭介の言葉。
ない交ぜの感情のまま、社会科準備室を目指して特別教室棟に駆け込んでいった。