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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第4章 女心/子供心/男心/大人心
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「なんだよ、圭介」



由比が出て行った後。

じっと自分を見る圭介に、翔太は背もたれから背中を離して頬杖をついた。


圭介は立ったまま、口を開く。

「どうした?」

何が、を、言葉にしないけれど翔太には伝わったらしく、にやりと笑った。

「別に、学校では今までどおりで行くよ? でも、由比がいる時はTPO考えない事にした」


「TPO?」


「そ。圭介は置いといて、周りには今までどおりにする。でも由比に対してはそこに誰がいようと、そこがどこであろうといつもの“自分”で傍にいたい」

珍しく素直に答える翔太に、圭介は少し戸惑ったように瞳を揺らす。



「そんなに大切に思う由比さんを、どうしてここに連れてきたんだ?」

私も好きだといっただろう?、と言外に含めると、翔太は細めていた目元を緩めて首元を手で押さえた。

「……前に、由比のことで馬鹿なことしたから」

馬鹿なこと?

首を傾げる圭介に、翔太はポケットに入れておいた携帯を取り出して机に置いた。

それで伝わったのだろう。


翔太が言っている、馬鹿なこと。


一緒にご飯を食べる事になったのを、些か婉曲して圭介に伝えたのだ。メールで。

それにのせられて行動した圭介は、由比に対しての感情を自覚するに至ったのだが。




「それと何の関係が……」

そんな事、とうに忘れていたけれど。

翔太は一度口を開いてすぐに閉じると、視線を彷徨わせながら幾度目かにぼそりと呟いた。

「悪い事したと、思ったから」

「悪い事?」

すぐさま聞き返すと、翔太はあーとかうーとか唸りながら諦めたように溜息をついた。

「圭介が由比の事どう思ってるか知りたくて、試すようなことしたから。まぁ、それで自覚されて、しかも宣戦布告を受けて散々な結果になったけど。それに……」

自嘲気味に肩を竦めた翔太の言葉尻を、繰り返す。

「それに?」


「それに……、その……」

言いにくそうにぶつぶつと呟いていた翔太が、がばっと顔を上げた。


「なんつーか、その、俺は……だからっ!」


「うん?」


見る間に赤くなっていく翔太の顔を、不思議そうな顔で圭介が見下ろしている。

懸命に何かを言葉にしようとしていた翔太だったが、何かプチンと切れてしまったらしい。

「うるさいな! じゃあ、見なくてもよかったんだな!? 連れて来なけりゃよかったんだろ!?」

「……」

あまりの恥ずかしさに逆切れした翔太は、パイプ椅子をけり倒す勢いで立ち上がった。

圭介が呆気に取られたように、瞬きをしている。

「どうした、翔太……」

呆気に取られたようなその声に、翔太の羞恥心は一気にマックスまで駆け上った。

「もういい! 俺、由比とクラス回ってくるから! じゃあなっ」

そう叫ぶと、逃げるように準備室を飛び出した。




後ろから自分の名前を呼ぶ圭介の声が聞こえたけれど、翔太の足は止まらなかった。







くそっ、改めて言えるか!

弟だから、遠慮する間柄じゃないって言われて嬉しかったとか!

自分は探る事しかできなかったのに、堂々と宣戦布告してきた圭介の態度に……

由比に対して、対等な関係だと暗に言われたみたいで嬉しかったとか!



考えるだけでも頭に血が上って、顔が真っ赤に変わっていく。



その時、丁度廊下をこっちに向かって歩いてくる由比が視界に映った。

その姿は、どう見ても高校生で。

童顔の由比を、社会人だと思う人はきっといないだろう。

その時、顔を俯けていた由比が、何か気付いたように顔を上げた。

何してるの? とでも言うような、怪訝そうな表情。


その姿を認識した途端、翔太は一気に駆け寄ってその細い手首を掴んだ。


「行くよ、由比」

「は? 何真っ赤な顔してるの、翔太ってば」


翔太に引っ張られるように階段を降り始めた由比の声に、何も答えず足を進める。




――由比に対してはそこに誰がいようと、そこがどこであろうといつもの自分で傍にいたい




さっき、圭介に言った言葉。


素直で、裏表のない、屈託無く笑う由比。

彼女の前だけは、誰にどう思われようとも、“自分”でいたい。

作り上げた遠野翔太ではなく、本当の“自分”で。





「ていうか、ちょっと翔太! とりあえず、着替えさせてぇぇぇっ!」



まだ諦めていなかったらしい由比の言葉に、翔太は満面の笑みを向けて頭を振った。



「嫌」



その言葉に、きょとん、と由比が瞬きをする。

けれどすぐに……




「可愛く言ってもダメだからぁっっ!」



そう叫ぶ由比が可愛くて抱きしめたくなったのは、とりあえず自分だけの秘密。


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