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「もしかして、ゆい!?」
「……は?」
なぜ私の名前を……? 知り合いだっけ? ていうか、こんな若い知り合い、翔太以外いたっけ?
思わず聞き返してしまった私の声に、その子は口元に手を当てて叫びだす。
「ゆいだ! ゆいだよ、ほらあの!」
私を見て叫んだ女の子が、ほかの二人を呼ぶように手を振る。
「え!?」
「嘘!」
圭介さんを押しのけるように部屋の中に足を踏み入れた三人は、何かの呪文のように“ゆいゆい”と私の名前を連呼しながら駆け寄ってきた。
「私らと同い年くらいなんだ!? しかも同じ学校?」
「うわーっ、噂の人に会っちゃった!」
「ね、ゆいでしょ? ゆいだよね?」
まるで友達のように口々に話しかけられて、はっきり言って私の頭は呆けてしまっていた。
まぁ、私らと同い年くらいって言うのには、突っ込みいれたかったけど。
「ねぇ。いきなり呼びすてって、君達何様?」
いささかむっとしたような翔太の声に、三人が口を噤んでびくりと肩を震わす。
「勝手に入ったらダメだよ? 出口は向こう」
威圧感タップリな翔太の笑みに、彼女達は怯えの色を浮かばせた。
なんとなく可哀想になった私は、呆気にとられていた意識を何とか切り替えて翔太を見る。
「えーと……ダメだよ翔太、そんな怖い声で言っちゃ。可哀想じゃない」
翔太はそんな事を言われると思っていなかったのか、口を尖らせて机に頬杖をついた。
「えー、怒られるの俺なわけ? 由比ってば、なんか女の子に優しい。そして俺に冷たい、さっきから」
拗ねたその言葉に、思わず噴出す。
「またそんなに拗ねなくても。まぁ、男よりは女の子の方が可愛いからね、優しくなっちゃうでしょ」
「いや、由比さん……。今のは翔太の方が正しい気がするけどね」
いつの間にか傍に来ていた圭介さんが、私と女の子達の間に腕を差し入れて視界を遮る。
「いきなり呼び捨てにされる謂れはないよ、由比さんに。君達、いい加減廊下に出なさい」
途中から彼女達に向けられた声は、珍しく冷たさが滲んでいて。
「それとも、他に何か用があるのか?」
最後通告のように言われた言葉に泣いちゃうんじゃないかと心配しながら見ていたら、なぜか彼女達は物凄い歓声を上げた。
「噂の彼女だぁぁぁ!!」
きゃぁっ、と叫びながら三人は廊下へと駆け出す。
「翔太くんが、“俺”とか言ってる!」
「遠野先生が怒ってるの初めてみたぁぁっ」
「女子高生でもいけるんだ!」
うん、最後の言葉、圭介さん宛だよね?
ちょっと変態っぽく聞こえるんだけど、その言葉。
ドアも閉めずに、彼女達は廊下を去っていく。
足音が遠くに消える頃、やっと私は声を出せた。
「今のは……なんだったの……?」
やっとでたのは、この言葉で。
翔太も圭介さんも、ぎこちない動きでさぁと首を傾げる。
「えーと、何で私の名前、知ってるの?」
ドアを閉めた圭介さんが、口元に手を当てながらこっちに戻ってくる。
「もしかしたら、私と翔太の会話をどこかで聞かれたのかもしれないね。たまに、話していたし」
な、と翔太に向けていうと、不機嫌さを隠さない翔太がパイプ椅子の背もたれに体重をかけた。
「あー、確かに。つーか、さっき俺のクラスに行った時、名前で呼んだけど……まさかこんなに早く広まる分けないか」
「わけないでしょ、私如きの名前」
そんな有名人じゃないし。
翔太はそーだよなーと息を吐き出しながら、釈然としない表情を私に向けた。
「それよりもさ由比。やっぱり俺、怒られる方じゃないと思うんだけど」
両手を頭の後ろで組みながら、口を尖らせてこっちを見る翔太は……ごめん、さっきの女の子達より可愛いかも(笑
ていうか、根に持ったか。
「ごめんて。だって、凄い怯えてたから。いつもの腹黒翔太に慣れてたら、さっきのは怖いでしょ……て、そういえば……」
ふと思い出して首を傾げる。
「翔太、私と話してる時、素に戻ってたけど大丈夫なの? 俺って言わないんでしょ? いつもは」
そんな事を叫びながら、彼女たちは逃げていった気が……
「いいんだよ、俺にとって由比は特別って皆にしらしめたいだけだから」
「まーた、そんなこと言って。おだてたって何もでませんよ?」
ねぇ、圭介さんと口にしながら横に立っているはずの彼を見上げたら、じっと翔太を見ていて。
あれ、なんかちょっと真面目な雰囲気かも?
そう気付いた私は、ごみを手に椅子から立ち上がった。
「由比さん?」
圭介さんが、歩き出した私の名を呼ぶ。
それに顔だけ振り向けて、ごみを持つ手を軽くあげた。
「ごみ捨てついでに、手を洗ってくるね」
そのまま、廊下に出てドアを閉める。
しんとした廊下を、ゆっくりと歩き出す。
なんだかよく分からない状況だけど、とりあえず圭介さんが翔太に何か話したそうにしていたからここはいないほうがいいよね。
そう思いながら、廊下に置いてあるゴミ箱にビニール袋を放り込む。
そのまま階段のそばにあるトイレに、足を向けた。
「やっぱり、入り込めない何かがあるよね。ホントの家族の間にはさ……」
呟いて、息を吐き出した。