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「じゃあ、まだ翔太のクラスしか行ってないんだね」
「うん」
あの後、服を返せ! 嫌だ! の応酬を繰り返したけれど、まったく効果はなく。
可愛いから着てればいいのに、となぜか圭介さんにまでよく分からないお願いをされて、しぶしぶ従ったのだ。
まぁ、これで私が社会人と知る人はいないから、開き直れちゃうけどねっ。
圭介さんは午後に見回りを受け持っているらしく、それまでここで食事をさせてもらう事にした。
ていうか、翔太はそれを狙ってご飯を買ってきたらしく、確信犯だなぁと圭介さんは笑っていたけど。
圭介さんの問いに、すこしムスッとしながら頷く。
「行ったって言っても、受付の為に入っただけ。あれだけなら、私が行く事ないのに」
受付の可愛い彼女を悲しませる事もなかったのに!
そう続けると、翔太が眉間に皺を寄せながらペットボトルのコーラを一口飲む。
「だから見せびらかしに行ったって言ってるだろ」
「受付の彼女?」
ぷいっとそっぽを向いた翔太と反対に、不思議そうな圭介さんの声に私は思わず手に持っていたたこ焼きのお皿を机に置いた。
握りこぶしを突き出す勢いで叫ぶ。
「もう、すっごく可愛いお人形さんみたいな女の子! ふわふわの髪の毛で大きな瞳に色白の肌っ!」
「お人形さん?」
そう言う圭介さんに、翔太がぼそりと呟いた。
「沢渡だよ、沢渡 美樹。うちのクラス委員の」
「あぁ、委員長の女の子の方」
なんですか、そのまったく興味なっしんぐーな言い方は。
「あんなに可愛いのに、二人とも興味ないの? 特に翔太!」
「何で俺だよ」
そう言い返されて、口篭もる。
いやー、それは本人が言うべきだよねぇ。
絶対翔太の事好きだと思うけど。
圭介さんは首を傾げながら、持っていた箸をお皿に戻した。
「由比さんの方が、可愛い」
「……は?」
思わず、固まった。
ほんわかと微笑む圭介さんは、今日、どこかネジでも飛んじゃってるんじゃないだろうか?
さっきから、たらし発言連発中なのですが!
するとそっぽを向いていた翔太までもが、身を乗り出して頷いた。
「ずりぃ、圭介。俺だって由比の方が可愛いと思う!」
「はぁ?」
なんなんだ、この兄弟。
「ていうか、私より可愛い翔太に言われても」
「またそれ言う……」
がっくりと肩を落とす翔太は、半端なく可愛い。
このまま段ボールに入れて“拾ってください”の立て札と共に外に出したら、五分もしないうちに拾われていくんじゃなかろうか。
「本当に可愛いなぁ、翔太」
手を伸ばして頭を撫でると、不貞腐れた表情がもっと深くなっていく。
「嬉しく、ねぇし」
「口は悪いけど、可愛い」
「うん、翔太も可愛いな」
「てめ、圭介」
私に便乗して頭を撫でた圭介さんを、翔太が悔しそうに睨み上げる。
「いつからこんなに口が悪くなったのか、私の育て方が悪かったのかなぁ」
払われた手を戻しながら、圭介さんが苦笑する。
翔太は、いいやと頭を振った。
「この顔に生んだ、かーさんが一番悪い」
「えー、いいじゃない。可愛い顔に生んでもらえて。絶対人生お得だと思うけどなぁ」
しばらくして食べ終えた私達がお茶を飲みながら雑談していると、入り口のドアが控えめにノックされた。
圭介さんが首を傾げながら立ち上がる。
「はい」
ドアの向こうに声を掛けながら、その手には私が掛けていた眼鏡。
さっき圭介さんが外した後、そのまま机に放置していたのだ。
「掛けて、由比さん」
「? うん」
渡されたそれを掛けて、顔を上げる。
すると丁度圭介さんがドアを開けるところだった。
そこには、女の子が三人。
圭介さん越しでよく見えないけれど、私と同じ制服を着ているということはここの学生さんなのだろう。
女の子達は圭介さんを見上げて、手に持っていたものを差し出した。
「遠野先生っ、これ、どうぞ!」
「クラスの模擬店で作ってて」
それはホットケーキらしい。
お皿にのったものに、ラップが掛けてある。
おぉ、流石圭介さん。
やっぱりもてるのねぇ。
圭介さんはドアを押さえていた手をそのままに、困ったような声で答えた。
「あぁ、ごめんね。私は甘いものが得意じゃないんだ。気持ちだけ頂くから、君達で食べて」
やんわりと断る圭介さんに、女生徒の不満そうな声が重なる。
「そんなに甘くないですから、大丈夫ですよ!」
「せめて中に入れてください!」
すでに違う要望が入り始めた彼女達に、圭介さんは身体を退かすことなく断っている。
ひゃー若いっていいわねー、とか思いながらペットボトルを手にした時。
その内の一人がひょいっという感じで、圭介さんの横からこっちに視線を向けた。
「あ! 翔太くんと、……え?」
嬉しそうに翔太の名前を叫んだ後、私を見て眉を顰める。
「私達はダメで、彼女はいいんですか?」
おっと、ヤバイ。
部外者がばれる……
圭介さんは覗き込む女性との前に腕を出して、こちらに向けられる視線を遮った。
「彼女は身内だから。それよりも、そろそろいいかな?」
「え、身内?」
そう囁くような声が耳に入ってきて、なんだか照れる。
いやあの、身内じゃないかもですが。
家族ごっこしてもらってる、アパートの隣人でー
なんて内心呟いてみるも、口に出して説明する事じゃないから黙ってるけどね。
するとドアを閉めようとした圭介さんの横から再び顔を出した女の子が、驚いたような声を上げた。