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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第4章 女心/子供心/男心/大人心
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一階まで降りて中庭に出ている模擬店で昼ご飯を買うと、それを手に持って歩き出す。

「翔太、どこに行くの?」

そこらへんで食べちゃえばいいのに。

っていうか、あんまり動き回ると圭介さんに会っちゃうじゃないか。

こんなイタイ格好、見られたくないんだけど。


腕に昼ご飯を入れたビニール袋、もう片手に私の服が入った紙袋を持った翔太は、いーからいーからとまったく答えになっていない返事を繰り返してさっきとは違う校舎に入った。

「あんまり人に見られたくないって言うワガママな由比の要望を叶えてあげるってのに、黙ってついてきなよ」

「ワガママって、それは私じゃない。翔太でしょ、どう考えても」 

制服なんか着てなければ、恥ずかしくもなんともないんだから。

ぶつぶつと文句を言いながらも、仕方なく後ろをついていく。

この校舎はさっきと違って学生の姿は少なく……というか誰もいなくて、三階分ある教室は美術室や音楽室など特別教室として使っているらしい。

図書室や被服室は向こうにあるのに、なんで音楽室とか美術室はこっちにあるのかちっともわかんないけど。


翔太は三階まで上がると、廊下を歩き出す。

一体どこに向かおうとしてるんだか。

大体制服着てれば教室に入っても平気とか言ってたけど、必要以上にその効果を使うつもりないんだから。

「ちょっと翔太ってば……」

ずんずん歩いていく翔太を呼び止めようと声を掛けたら……

「ここ」

「いたっ」

いきなり立ち止まられて、顔が肩にぶつかってしまった。

顔を抑えて翔太を睨みあげる。

「何しんの、由比ってば」

「何してんのじゃないでしょーが! いきなり止まったら危ないでしょ?」

痛いなぁっ

「で、ここが何?」

じんじんと痛む鼻を摩りながら顔を上げると、そこにはとあるプレート。


「……じゃ、そーいう事でっ」


それを見た途端、私はくるりと踵を返して走り出そうと……

「往生際が悪いっ」

……したけれど、腕を翔太に掴まれて動けないっ


「ちょっ、翔太っ! 離せ!」

「うるさいよー」


見かけによらない力を発揮しながら、翔太がガラリと目の前のドアを開けた。

「昼飯持ってきたよ」

「うわぁぁぁっ」

馬鹿翔太ぁぁっ!

なんとか逃げ出そうともがいてもどうにもならず、引きずられるようにその部屋の中に足を踏み入れた。

中に入って、やっと翔太の手が外れる。


そこには。


「翔太?」


不思議そうな声。

椅子から立ち上がるような、何かが軋む音。

ぺたぺたという、サンダルの足音。


あぁぁぁ、なんでいるのーってそりゃそうだよねー。

脳裏に、ドアに掲げられていたプレートを思い浮かべる。


――社会科準備室 日本史/世界史――


なんでわざわざ圭介さんに会いに来るのかなぁぁっ!


「その子は、クラスメイト?」

さっきよりも近くで聞こえてきた声に、思わずビシッと背筋が伸びた。

「はっはいっ! しょっ翔太……くんに付き合ってきただけで! それでは失礼しますっ!!」

ずれそうになる眼鏡を片手で抑えながらそう叫ぶと、くるりと身を翻して走りだそうと……

「って、ちょっと待って……?」

……したはずなのに、再び掴まれた腕に足が止まる。


気付かなくていいからっ! お願い気付かないでぇぇぇっ


顔を覗きこむように状態を屈めた圭介さんが、指を伸ばして眼鏡を私から外した。

「由比、さん?」

驚いたような呆然とした声に、一気に顔に血が集まっていく。

「由比さん、だよね?」

確認するようにもう一度口にした圭介さんは、私から視線を外さずに翔太に声を掛けた。

「翔太、お前の仕業か。そういえば、お前のクラス衣装の貸し出しだったな」

だから由比さんにクラスを内緒にしていたのか、と続ける。

「いーじゃん、眼の保養だろ? わざわざ連れて来てやったんだから」

わざわざ連れて来るなぁっ!


もう隠せない事を悟った私は、未だ翔太が持っている紙袋に手を伸ばした。

「圭介さんも、何とか言ってくださいっ。ていうか、服着替えさせてっ」

「ホントに由比さんなんだ……」

私の剣幕と正反対の、なぜかかみ締めるように呟くその声にこれでもかと言うほど顔が熱くなっていく。


顔を上げれば、目を見開いて私を見る圭介さんの顔。

少し顔が赤いのは、私の見間違えという事にしてください!


「何のんびり状況把握してるんですかっ! 恥ずかしいんですっ、早く着替えたいんですってば!」

紙袋を私から遠ざけるように逃げる翔太を追いかけたくても、圭介さんが腕を掴んでいるから動けない。

「圭介さんってば、ちょっと離し……」

仕方なく圭介さんの手を掴んで引き剥がそうとした私に、やさしい声が降ってきた。

内容は、まったく優しくないけど。


「可愛いよ、由比さん。似合ってる」


……


圭介さんはそう言うと、ほんわかとした笑みを浮かべた。


「え……あ……う……」


言われた私は、口をあんぐりと開けて違う世界に意識を飛ばした後、ゆでだこ状態で顔を俯けた。

「何でさらりとそーいう事、言えるかな……。天然め……」

鼻血でそう。

ぶつぶつと呟いた言葉に、圭介さんは目を細めて首を傾げる。

「ん? どうかした?」


赤くなっている自分を誤魔化そうと横目で翔太を見れば、さっさと紙袋を圭介さんがのだろうデスクの奥に入れていて。




味方がいないと悟った、上条 由比 二十二歳 独身 なのでした……



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