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うわぁ、可愛い。
顔を上げた女の子のその姿に、思わず瞬きを繰り返す。
ふんわりした茶色の猫っ毛、白い肌、大きな瞳。
嬉しそうに顔を綻ばす彼女は、お人形さんのようで。
今の自分の恥ずかしさを忘れて、少し見惚れてしまった。
「あれ、翔太くん。どこに行ってたの?」
可愛らしく小首をかしげる姿もはまってて、典型的美少女って感じ。
てーのに、翔太は何で赤くもならない。つまんないなぁ。
翔太は作っているほうの笑顔を浮かべて、机のノートに手を伸ばした。
「制服借りたから、名前書かせてくれる?」
「制服?」
不思議そうに呟いた彼女が、ふぃっと私の方に視線を向けた。
「……」
うぉっ、にっ睨まれた感じ……?
嬉しそうに笑っていた表情は変えないまま、その眼だけが私を見据える。
その怒りのような驚愕の様な色は、すぐに抑えられたけれど。
「……友達?」
翔太に視線を戻した彼女は、先ほどまでの笑顔に戻っている。
……ははーん、あれだね。
嫉妬な感じ?
そうか、この子、たぶん翔太のこと好きなんだなー。
翔太はボールペンを手に取ると、借り出しの欄に自分の名前を書き始めた。
「翔太くんじゃなくて、この人の名前を書いてくれないとダメだよ」
その声は、“この人”の部分だけ冷たく聞こえた気がするけれど。
うんうん、そうだよね。
好きな人が知らない女つれていれば、嫌な気分になるよね。
大丈夫だよ~、私はただの隣人。
翔太はその子の言葉に何の反応も示さず最後まで書き終えると、ペンを置いてもう一人の男の子によろしくと声をかけた。
「翔太くん!?」
咎めるようなその声に、歩き出そうとしていた翔太が振り返る。
「沢渡さんには関係ないよ、僕の名前を書いておけば大丈夫でしょう?」
ばっさりと切ったような言葉に、彼女の表情が固まる。
うわー、美少女は怒っても青くなっても可愛いねぇ。……じゃなくて。
すでに歩き出している翔太の腕を掴む。
「ちょっと翔太、そんな言い方ないでしょ?」
腕を引かれて振り向いた翔太は、いつもの表情に戻っていた。
「由比」
ニヤリじゃなくて、満面の笑みを浮かべる。
あえて言うなら、卵焼き出した時の表情。
いや、例えが食べ物で申し訳ないんだけど。
なんだか翔太の様子がおかしい感じがするけれど、まぁそれは横においといて。
「何、意味深な発言にしてんのよ。普通にりんじ……」
「違うって言ってんのに、ホント由比はちゃんと聞かないんだから」
隣人と言おうとした私の言葉を、翔太が遮った。
「は? 違う?」
意味が分からず聞き返すと、翔太が爆弾を落としやがった。
「普通のじゃなくて、好きな……」
「わぁっはっはっ。さ、行こっか翔太」
今ここでいう言葉じゃないでしょうっ!
隣のおねーさんを好きとか、恋愛感情じゃないそういうものでも、今言われたら絶対誤解される!
可愛い子に、恨まれたくないからねっ。
誤魔化しながら背中を叩いたら、あいてっと笑いながら翔太がドアへと踵を返した。
「受付に来ただけだから。もうここはいいから、他のクラス回ろうよ」
「そんなもの、持ち出すときに名前書いてきてよねっ」
会わなくてもいい人に、この姿を見られたくないわっ。
はいはい、と笑いながら歩く翔太の後ろを追いかける。
その時、微かに聞こえた呟きに振り向いた。
それは受付の女の子の声で。
「ゆ……い?」
私の名前を呼ぶ、声で。
私は思わず首を傾げながら、瞬きを繰り返した。
あまりにも、呆然とした、表情だったから。
大きく見開かれた瞳は、私を映していて。
「行くよ、由比」
足を止めてしまった私の腕を、翔太が掴んで教室から出て行く。
それに引きずられるように歩く私の目に映ったのは、クラス中の生徒がじっと私達を見ている光景だった。
がらり、と音がして目の前がドアで塞がれる。
廊下に出た翔太が、教室のドアを閉めたらしい。
視界がドア塞がれて、一瞬の後。
「きゃぁぁぁぁっ!!」
物凄い叫び声に、私はマンガのようにドアから飛びのいた。
叫び声の元は、ドアの向こう。教室の中で。
その叫び声には、複数の男女の声が混じってて。
私はあまりの驚きに、ドアと翔太を交互に見やった。
「ちょっ、翔太っ? ねぇ、なんか凄いんだけど……何、どうしたの? このクラス」
翔太は、さぁ? とでも言うように笑って肩を竦めると、私の腕を引っ張って歩き出した。
その振動でずれた伊達眼鏡を直しながら、その後ろをついていく。
「なんか誤解されたんじゃないの? やっぱり翔太、もてるのねぇ」
「そんなことないし」
階段まで歩いて私の腕から手を外した翔太は、手すりに手を置いてパンフを差し出してきた。
あ、やっとパンフだ。
ていうか、私に制服着せたくて黙ってたわけね。自分のクラスの出し物。
知能犯め。
絶対、面白がってるなー。
……じゃなくてっ
自分に裏拳しながら顔を上げると、翔太はパンフをこちらに差し出したままにっこりと笑った。
「何見る?」
「いや、何って……」
パンフを受け取りつつ、釈然としないまま眉を顰める。
「わざわざ私連れて、クラスに行かなくてもよかったんじゃ……」
あの受付の女の子、絶対誤解したよー?
そう続けると、翔太は関係ないしと笑う。
「俺の好きな人、見せびらかしに行っただけだから」
「またそう言う事……。泣くよー? 翔太の事、好きな子」
パンフを捲りながら、ふぅっと溜息をついた。
あ、焼きうどんだ。食べたいかも。チョコバナナはベタだね。
既にお昼時と言う事もあって、目に付くのは模擬店ばかりで申し訳ない(笑
じゃなくて。
翔太は手すりに背を預けながら、別に、と目を細める。
「それよりも、由比が本気にしてくれない方に泣きそうだよ」
その姿は拗ねている犬のような、可愛い顔の翔太にはまってて。
あまりの可愛さに、パンフ片手に思いっきり頭を撫でた。
「まーた、翔太ってば可愛いんだからっ! 分かってるって。はいはい、おねーちゃんも翔太が好きだよー」
その可愛い顔は、ホントお得だねっ!
「ほら、本気にしない」
溜息と共に呟く翔太を、もう一度思いっきり頭を撫でてあげた……ら、余計拗ねられた。
思春期の子供の扱い方が、よく分かりません。おばちゃんには。