3
こそこそこそ
「……」
さささっ
まるでかの有名な黒い虫が動く時のような音に、前を歩いていた翔太は溜息をつきながら後ろを振り返った。
そこには、壁や柱を使いながらなんとか隠れるようにして歩く私の姿。
翔太は何度目かになる溜息を終えた後、止めていた足を私に向けて動かした。
真横に来ると、腰に手を当てて再び深く息を吐きだす。
「あのね、由比。いい加減、諦めるとかしようよ」
その言葉に、自分より上にある翔太の顔を見上げた。
その顔は、ホンキで呆れているのが見て取れる。
うん、そうね。
分かるよ? 私怪しいよね?
でも。
「翔太がこんな格好させるからいけないんじゃない。恥ずかしすぎるよ、この歳で制服とかこの歳で生足スカートとか」
せめて、タイツはきたい。
「うん、由比の気持ちも分かるけど、余計目立ってんだよなぁ」
大体……と呟いてから、翔太は辺りを見渡した。
「ね、由比。ちょっと周り見て」
「は?」
周り?
翔太の陰に隠れるようにしながら、ぐるりと視線を廻らせる。
辺りには、結構な人数が自分達におかしな人がいる目線を向けているのが分かる。
私と同じ部外者も、生徒も。
「結構、人、いるだろ?」
「いるね」
「制服着てる奴、結構いるだろ?」
「うん、いるね。ていうか高校の学祭だし、制服着てる人いてもおかしくないんじゃない?」
確かに周囲にはここの生徒じゃないだろうけれど、他校の制服を着ている人も結構いる。
何を当たり前のことを言い出すんだろうと視線を戻すと、翔太はにやりと口端をあげた。
「うん、そう。でも、部外者も混じってる。うちの制服じゃない奴らの中には、高校生じゃない奴もいるんじゃないかなぁ」
「はぁっ?!」
部外者?! ていうか、部外者の上に高校生じゃない?!
思わず叫び声をあげた私の口を、翔太が咄嗟に手のひらで塞ぐ。
「ただでさえ目立ってるから、マジやめて。叫ぶのだけは」
「……」
うんうんと頭を縦に振ると、手のひらが口から離れていく。
私は口が自由になった途端、疑問をぶつけてみた。
「どういうこと、それっ」
翔太は私の手首を掴むと、廊下を歩き出した。
注目を浴びてきたので、移動するらしい。
うん、だよね。私も、ちょっと視線が痛い。
ていうか、なんか……半端なく見られてる気がするけど……気のせい?
そんなに、私おかしな人だったかな?
翔太に引っ張られたまま階段を三階まで降りると、廊下に出る。
「制服の中身が部外者ってどういうこと? ねぇってば」
掴まれている手をひっぱりばがら問いかけると、翔太は階段から三つ目の教室の前で止まった。
三年三組の表示。
「あ、翔太のクラス?」
翔太は私の言葉に頷くと、よく分からないけど何か決意したような表情でドアに手をかけた。
「翔太?」
「……そ、俺のクラス。出し物は……」
なんだかいつもより強張った声の翔太に首を傾げていたら、がらりとドアが開く。
というか、翔太が開けた。
広がる光景に、目を丸くする。
「え?」
――そこには。
「コスプレ衣装貸し出し」
翔太の声と共に、一瞬、違う世界にいってしまっていた意識が甦った。
ゆっくりと視線を動かせば、そこにはずらりと並べられたとりどりの服。
それはもう、着物やドレス、マントとか多分アニメのコスプレ衣装なんかもある。
その一角では、デジカメ片や携帯を構えている人達もいて、写真を撮ったりしていた。
ていうか、何、この盛況さ。
「由比が着てるのは、卒業生から借りた一着しかないここの学校の制服。まぁ悪用されないように、うちのクラスの人間同伴でしか貸せないんだけどさ。後は制服に見える服をいくつか集めただけ」
「制服に見える……?」
「そう、だいたいスカートとブラウスとベスト着てれば、それなりに見えるだろ?」
「見える、けど……」
そこまでして制服を着たい人が、けっこういるってこと?
そんな事を頭の中で考えながら、見た事もない光景に思わず口を開けたまま呆けてしまった。
こんな出し物許されるんだ。この学校。
私が高校の時、こんなのなかったけど。
しかも何でこんなに、混んでるわけ?
翔太は軽く私の背を押すと、教室の中に入っていく。
「ちょ、翔太?」
その背中を追いかけるように、私も非現実のような教室に足を踏み入れた。
ドアの近くには机を二つ並べて受付が置いてあって、女の子と男の子が一人ずつ、ノートを前にしゃべっている。
翔太はその前にゆっくりと立つ。
その背で机に影が落ちて、受付の二人が顔を上げた。