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思わず、一歩後ずさる。
腹黒笑顔満載の翔太は、同じ様に一歩私に近づいてくる。
「大丈夫だよ、似合うから」
「突っ込みどころは、そこじゃない!」
裏拳したいけど近づきたくないので、諦め。
似合うとか似合わないとか、そう言うんじゃなくてっ!!
「翔太、ちょっと考えてみようよ」
なんとか、このお馬鹿高校生を宥めなければ。
「なぁに?」
……可愛らしく小首傾げても、今更だからっ。
君の腹黒さは、この二ヶ月あまりでだいぶ理解したからね!?
右手を前に翳して、思いっきり振る。
「無理だから、ありえないから! 二十二歳、私これでも高校卒業してから年数たってるから!」
せめて十九歳辺りなら、……いやいやそうじゃなくてっ!
高校卒業したら、制服はないでしょう? まずいでしょっ!
「恥ずかしかったら眼鏡もあるよ?」
「眼鏡関係ないしっ!」
「由比言ってたよね? 学祭は、学生同士で楽しまなきゃって」
「だからって、社会人に学生の格好させんじゃないっ!」
にこにこと迫ってくる翔太から後ずさりながらこの状態をどう回避しようかと、懸命に頭をめぐらせた結果。
くるりと身体を反転させて、ドアに手を伸ばす。
逃げるが勝ち!
ドアに飛びついてあけようとした私の耳に、不穏な足音。
不穏な声。
「学祭だからって、特別教室に忍び込むほど暇な奴いないと思いますけどねぇ」
「……」
どう考えても、大人の男の人の声。
どう考えても、学生じゃない会話の内容。
ドアを開けようとしていた手が、びくりと止まる。
……ここの学校の、先生だよね……
固まった私の耳に、近づいてくる声と足音。
そして……
「あちゃ、体育の溝口と兼田だ。見回りなんかしてんだ」
いつの間にか真横に来て一緒に耳を澄ませていたらしい翔太が、ぼそりと呟いた。
「……見回り?」
見回りって……
ドアを見つめたまま問いかけると、小声で返答が返された。
「たまに教室に忍び込む部外者がいてさ。それ見つけて校門までお見送りするっていう、見回り」
たまに教室に忍び込む部外者……
校門までお見送り……
脳内で翔太の言葉を繰り返す。
部外者=私
てことは。
「私見つかったら、校門まで連行!?」
学祭見られないのはまだいいけど、校門まで連行されるのはいやぁぁぁっ!
結構、人いたよ?
あの中を、さながら宇宙人状態で連行されるってわけ?
この後の自分を理解できた途端、ドアからおもいっきり離れて準備室の中を忙しなく見渡した。
「どうしたの、由比」
落ち着いた翔太の声に突っ込む余裕もなく、壁際の本棚の横やら机の下やらを見て回る。
「隠れる場所がないっ!」
小声で叫ぶと、ぽんっと手に何かを渡された。
「……」
それは、さっき翔太が持っていた制服。
一瞬頭が真っ白になりかけて、気力で浮上する。
「ちょっ、これを着ろと……」
他に何か逃げ道はないのかと準備室を見回しても、そんなステキなものは何もなく。
「部外者が駄目なだけだから。生徒は入ってても、何も言われないし」
「で、でも……」
この歳で女子高生の制服とか……っ
迷ってる間にも、廊下から聞こえてくる見回りの先生の声と足音はどんどん近づいてきて。
「大丈夫。スカートとベスト着てるだけって思えばいいよ」
にっこりと笑う翔太を睨みあげると、あっち向け! と小声で命令して、本棚の影に駆け寄った。
全部隠れないけど、まぁいいっ。
あぁ、なんか自分という何かが壊れていく……
内心涙をのんで、けれど晒し者的お見送りだけは何とか回避するべく、ジーンズの上からスカートを履いて着替えていく。
チュニックだけ脱いでタンクトップの上からブラウスを着て、ベストを被った。
その間にも隣の教室のドアを開けて中を確認する音が響いて、慌てて脱いだ服を丸めて紙袋に突っ込む。
そこで――
「あ、溝口先生、兼田先生。見回りですか?」
……翔太っ!?
焦る私を尻目に、教師がドアを開ける前に翔太がドアを開けて廊下に出る。
慌てて眼鏡をかけて、結んでいた髪を下ろした。
せめて、隠せるところは隠すっ!!
「あれ、遠野。お前、こんなところで何やってんだ?」
廊下では、溝口先生だか兼田先生だかの声が聞こえる。
「図書委員の方に頼まれて。図書室への寄贈本を募る、お願いの用紙を取りに来たんです」
「お前に頼むって、何やってんだよ図書委員。遠野関係ないだろ? お前優しすぎ」
はらはらしながら服を入れた紙袋を、本棚の横に隠していたらひょいっと翔太がこっちを見た。
「そんな事ないですよ、溝口先生。もう一人僕と一緒に頼まれたお人よしさんもいますから」
しょしょしょ……、何余計なことをっ!
ばらさずに、終えてくれればよかったのにっ!
「もう一人?」
案の定準備室を覗き込んできた男の先生と目が合いそうになって、会釈をする振りして顔を伏せた。
「あ、ホントだ。まぁ、あんまり使われないようになぁ。そっちの娘も」
「は、はい」
蚊の鳴くような声とは、こういうのを言うんだろう。
喉から搾り出すように返事をすると、二人の先生は隣の図書室の鍵を確かめて廊下を戻っていった。
階段を降りる音に、肩から力が抜ける。
「やー、焦った焦った。まさか見回りが来るなんてねぇ」
ドアを開けたまま私の傍に来た翔太は、脱力して机に手をついている私の顔をひょいっと覗きこむとにやりと笑った。
「じゃ、行こっか」
「……は?」
満面の笑みで言われた言葉に頭がついていかなくて、目の前で私の洋服の入った紙袋を手に歩き出す翔太を見てやっとその意味に気付いて声を上げた。
「待て待て待て! 行かないしっ! 着替えるから、服……っ」
慌ててその後ろを追いかけようとした私に振り向こうともせず、開いたドアに向かっていく翔太。
手を伸ばして紙袋を掴んだ途端、くるりと顔だけこっちに向けた。
「ブラウスのボタン、しまってないよ?」
「……!」
既にドアから体の出ている翔太のその言葉に、思わず紙袋から手を離してしまった。
その隙に、翔太は廊下に出て歩き出す。
顔を出すと、廊下の突き当たりに人の姿が見えて、慌てて準備室に引っ込む。
「くそぅ、翔太めっ」
「口悪いよ、由比」
廊下の少し先でにこにこ笑う翔太を睨みつけながらドアの後ろに隠れると、ブラウスのボタンを留めてそこをでた。
こうして、OLなのに女子高生の姿で学祭を回るはめになったのです。
圭介さんに会わないように、気をつけなきゃと思うわたしでありました(涙
翔太の腹黒ぉぉぉっ!