6
階段を降りて表に廻る。
そこは、アパートにしては大きめの庭という名の敷地が広がる。
土手との境には低い生垣があるけれど、風景を邪魔するものじゃない。
生垣の向こうには、さっき通ってきた土手が続いている。
その生垣の少し手前に、大家さんが置いてくれたベンチとウッドテーブルはあった。
アパートの皆と大家さんと、たまにここで集まってご飯を食べたりする事もある。
テーブルの上に荷物を置いてもらうと、バッグから中身を取り出す。
翔太はうきうきとした顔で、シチューの入っている鍋から布を剥ぎ取っていて。
圭介さんは伸びをしながら、土手の方を見ている。
――なんか、年の差?(笑
「綺麗ですよね、ここの風景」
そんな圭介さんを横目で見ながら、シチューをよそう。
五月にシチューは暑い気がするけれど、川風が少し冷たいからいいかもしれない。
圭介さんは風景に見惚れていたことに気付いたのか、慌てて自分が持ってきた袋から飲み物を取り出し始める。
「本当に綺麗ですね。アパートを探していくつか見ましたが、この風景に惹かれてここに決めたんですよ」
「あ、私もなんです。本当に綺麗ですよね」
そんな感じでのほほん会話を交わしていたら、翔太の喜びに満ちた叫び声に引き戻された。
「すげぇ、サンドウィッチだ! さっきこれ作ってたんだ、由比」
サンドウィッチのラップを外しながら目をキラキラさせている翔太を見ると、なんだか微笑ましい。
「たいしたものじゃないけどね。私的、シチューにはサンドウィッチを添えたいの。巻き込んですみません」
途中から圭介に視線を移すと、やっぱり困ったような顔をしていた。
「なんだか、本当にすみません……」
「そんな恐縮していただくようなものじゃないですから、お気になさらないでください」
見下ろされる視線に、頬が熱を持っていくのに気付く。
また翔太にからかわれたら大変とばかりに、視線を逸らしてさっさとベンチに腰掛けた。
「上手いよ、由比。料理得意っぽい」
「ぽいってなに、ぽいって」
すでに片手にスプーン、片手にツナサンドを持って食べ始めている翔太の言葉に、嬉しく感じながらも突っ込みは忘れない。
まぁ、得意とは言わないけどね。
普通です。
「本当においしいです」
圭介さんの口にもあったみたいだ、それにほっとする。
「喜んでいただければ、嬉しいです」
満面の笑みを浮かべると、圭介さんは少し眉を顰めてから小さく溜息をついた。
「ただ……その、少しだけ大人から忠告させて頂いてもよろしいですか?」
……大人?
私も大人ですが。
「……はい?」
圭介さんは持っていたスプーンを置くと、じっと私を見下ろす。
何を言われるのかと掬ったシチューをスプーンごとお皿に戻して、圭介さんの言葉を待った。
圭介さんは少し逡巡するように瞬きをしてから、口を開いた。
「お隣さんとはいえこちらは男所帯、あなたは若い女性なんですからもう少し警戒された方がいいと思います」
――
「あ、はい」
そのことか。
一応、自覚して暮らしてはいるんだけど。
まぁ確かに、なんだか流されるように翔太に呼び捨てにされているし。
すると隣でサンドウィッチを食べていた翔太が、呆れたような顔を圭介さんに向けた。
「つうかさ、それ今言う事かよ。大体、圭介も食べさせてもらってるんだから同罪だろー」
「翔太、くん」
落ち込みそうだった気持ちが、ふっと踏みとどまった。
「なぁ? 圭介、口煩すぎ~。家でまで、センセやらないでください~。息詰まりますぅ」
少し暗くなった雰囲気をかき消すようにおちゃらけた口調で言う翔太に、圭介さんは首の後ろを押さえながら頭を下げた
「上条さん、すみません。あの、怒っているとかそういうわけなじゃいんです。ただ、その、心配で」
「あ、いいえ。その、心配して貰えて嬉しいです。そうですよね、気をつけます。ありがとうございます」
翔太のおかげで少し上向きになっていたから、素直に圭介さんにお礼を言えてほっとする。
心配してくれたんだから、ここは喜ぶところだよね。うん。
圭介さんはほっとしたような顔で、ほんわかと笑った。
「すみません、ホント職業病ですね」
やっと暗い雰囲気が払拭されて、内心ほっと溜息をつく。
やっぱり、ご飯は楽しくおいしく食べなくちゃね!