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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
閑話
59/153

翔太・1


呆けている間に、一時間目が終わってしまったらしい。

翔太は授業内容の全てが頭から通り過ぎてしまった現国の教科書を、ぱたりと閉じた。



後で、誰かにノートを借りなきゃな……そんなことを考えながら、ふと周囲に視線を向ける。

クラスが、少し騒がしい。

時間割に目を向けて、それに納得した。

二時間目は、日本史……圭介が担当する教科だ。

圭介の授業の前は、いつもそう。

当てられても絶対に間違えないように仲のいい奴らで課題の答え合わせをしたり、あわよくば写メを撮るためにどうやったら音を誤魔化せるか話し合っていたり。

日本史は二人担当教師がいるから、圭介の担当から外れたクラスはあからさまに落胆するし担当になったクラスはあからさまに喜ぶ。


もう一人の日本史の教師はもうすぐ定年を迎える穏やかな男性教師で、残念がるクラスを担当することになるけれど別に嫌な顔はしない。

毎年担当の発表の際、学生の反応を面白そうに見守っている。

学生も落胆はするけれど別にもう一人の教師を嫌っているわけではなく、少し時間がたてば穏やかなその教師に懐いていく。



それだけ女生徒に人気があれば同僚の男性教師や男子学生に反感をもたれそうなものだけれど、そんなことはない。

弄られることはあっても、嫌がらせをされることはまったくといっていいほどない。

それもこれも、圭介の人柄の所為。

穏やかでそれでいてしっかりとした圭介の人柄に、皆、納得するらしい。

圭介本人は、人気があるということにあまり気がついていない節があるが。

恋愛感情とかじゃなく、先生を慕ってくれる可愛い学生、位にしか思っていない。

だから、嫌われたりしないということでもあるんだろうけど。



「翔太くん」

自分の思考に沈んでいた翔太は、横から声を掛けられて意識を現実に引き戻された。

顔を上げると、そんなに離れていない場所にクラスメイトの顔。

「沢渡さん」

無表情だっただろう自分の顔に、ゆっくりと笑みを貼り付ける。

可愛くて優しくて、なんでも許容してくれそうな“遠野翔太”の表情を。


名前を呼ぶと、沢渡はにこりと笑う。

「どうしたの? 授業中もぼうっとしていたでしょう? 先生も気付いていたみたいだけど、仕方ないなって笑ってたよ」

その言葉に、内心舌打ちをする。

変に、圭介に言われなきゃいいけど。

「少し昨日夜更かししちゃったんだ。で、何か用?」

八つ当たりになってしまうと分かっていても、今、他人の声を耳に入れたくない。

特に、沢渡のように自分を引き立てるために俺を利用しようとするような奴の声は。

さっさと用事を聞き出そうとする俺に、沢渡は微かに唇を震わせたけれどすぐに笑顔を浮かべた。

「あのね全然シャーペン持ってなかったから、ノート書いていないのかなって思って。よかったら使って?」

そう言って机に置かれたのは、女の子らしいピンク色のノート。

可愛らしい丸文字で、名前が書いてある。


俺は机においていた両腕を動かさずに、そのノートから視線を外した。

「ありがとう、沢渡さん」

その言葉に顔をほころばせた彼女に、すぐ言葉を繋げる。

「でも、大丈夫だから」

「え、翔太くんっ?」

そのまま立ち上がると、悲しそうな表情で俺を見上げる彼女を見下ろす。

「僕、職員室に用があるから。ごめんね」

それだけ言うと、ノートに一度も触れず教室を後にした。




翔太はなんとなく適当に歩きながら、ぼうっと窓の外を見る。

自分の歩くのと同じくらいの早さで、後ろに流れていく風景。

特に何の用事があるわけじゃない。

けれど、今は、誰とも口を聞きたくなかった。

……特に、自分を見ているような沢渡とは。


由比の前では、素の自分でいたい。

偽りだらけの遠野翔太じゃなくて。


そんなことを考えながら横を向いて歩いていたら、窓が途切れ視界に壁が映った途端、頭の横を衝撃が襲った。

「いてぇっ」

思わず叫んで、両手で頭を抱えてしゃがみこむ。



何が起こったのかわからず、衝撃に目が霞んだ。

ずきずきと痛みを訴える頭の左側を押さえて涙目になりながら視線だけ上げると、廊下側に出っ張った柱が目に映る


……うわ、だせぇ


そう舌打ちをした時だった。

少し離れたところから駆けてくる足音に気付いて、視線を上げた。

それは生徒が履く上履きのゴム底の音ではなく、ぺたぺたというサンダルの音。

まだ少し霞んでいる視界に、サンダル履きの足とひらひらと翻る白衣が見える。


……あー、なんつータイミング……


その人物が誰かに気がついた俺は、本気で頭を抱えたくなった。


サンダル履きの足は翔太の目の前で止まり、しゃがみ込む。

「大丈夫か、翔太」

あぁ、やっぱり。

翔太はまだ痛む頭を片手で押さえながら、なんとか口端を上げて目一杯強がる。

「大丈夫ですよぅ、とーのセンセ」



こんな馬鹿なとこ、見せたくなかったよ……

いかにも何かを気にしてる見たいなさ。


内心こんなタイミングで現れないでよと八つ当たりしつつ、翔太は頭に当てていた手を下ろした。

まだ勢いよく痛みを訴えているけれど、この際我慢するしかない。

さっさと教室に戻らないと、圭介に心配されるのもなんだか嫌だ。

上げた視線の先、見慣れた顔の圭介が心配そうに眉を顰めている。

それを見て罪悪感が少し浮かぶのは、昨日一昨日と、圭介の心情を探るような行動や言動をしてしまったことを自覚しているから。

そんな行動をしているにもかかわらず、踏み込んでいけない自分を知っているから。



翔太は気付かれないように息を吐きながら立ち上がると、いつもの表情に戻る。

少し強張り気味なのは、仕方ない。

「大丈夫だから教室戻るわ。んじゃ……」

そう言って歩き出そうとした翔太の腕を、圭介が掴んだ。

動きを止められた衝撃で頭がクラリとした翔太が無意識に頭に手をやると、掴んだ腕を離した圭介が背中を軽く叩いた。

「厚生室に行こう」

そう言って、覗き込まれる。

翔太はとっさに顔を上げて、片手を前に突き出した。

「大丈夫だよ、んな大げさな。圭介は過保護すぎなんだよ」

冗談じゃない、なんでこんなことで厚生室に行かなきゃならないんだ。

歩き出そうとしていた圭介はその足を止め、ゆっくりと振り返った。

その顔は、優しい笑顔だというのに物凄い威圧感で。


「行くよ、翔太。それとも、姫抱っこでもしてあげようか?」



……逆らえないのは、仕方なかったと思います←後日談








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