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自分の所為ではないのに、周囲の環境の影響で自分を隠すことを覚えてしまった翔太に。
こちらの思考の先回りをして、自己完結してしまう。
笑顔を盾に隠すことを武器に生きているのだろう。
翔太も、彼女も。
きっと、翔太がそうなった原因があるように、彼女にも何か理由があるのだろう。
でなければ、十六歳から女の子が……言ってはなんだが、あんな古いアパートに住むだろうか。
最初に彼女に会った時アパートに面している川を見て、この綺麗な風景を見てこのアパートに住むことを決めたといっていた。
そしてその後の会話の中で、すでに六年住んでいると。
今、由比さんは二十二歳。
六年前といえば、十六歳。高校一年もしくは二年。
今の翔太よりも幼い年齢で、すでにあのアパートに住み始めていたということ。
普通に考えて、やはり何かしら家庭の事情があるんだと思う。
それに――
今朝自分が言った言葉に、心から嬉しそうな表情を浮かべていた。
俺に気付かれないように窓の方を見ていたけど、サイドミラーに映っていたのは泣きそうな笑顔だった。
本当は、今、自分が由比に持っている感情が、家族愛ではないことは分かってる。
けれど、俺と翔太の中に家族として入りたいというその言葉に、妹だと言葉が出てしまった。
由比の望む言葉を、口にしてしまった。
その言葉は、……“家族の一員”。
翔太だけじゃなく、由比もまた大切な家族の一員だとそう伝えた時の幸せそうな表情。
そして幸せなだけではなく、胸を締め付けられそうなくらい切なく寂しい表情。
嬉しそうに、食事を作ってくれる由比。
負担も大きいだろうに、それがとても嬉しいと幸せそうに笑う。
何が、彼女をそうさせるのだろう。
その心の中にある感情を、いつか開放できる日が来ればいい。
……その時、傍にいるのが自分であればいい。
そこまで考えて、手元の携帯に目を落とした。
――圭介、俺、今日から由比んちで飯食うことにしたから。圭介が何を言おうと、もう、部屋にいるし
挑発的な、メールの内容。
起きたばかりの頭は、なかなか理解してくれなくて。
一瞬真っ白になってから、思わず部屋を飛び出していた。
前日、俺に言い聞かせるように由比を好きだと繰り返していた、翔太。
その真剣な表情と声が、一瞬、脳裏に甦った。
そして、由比さんの笑顔も。
てっきり、翔太だけがそうするのかと、そしてそれを由比が了承したのかと思って駆け込んだのだけれど、それはまったくの杞憂だった。
反対に、翔太には何か気付かれてしまったのかもしれない。
自分でも、まだ分かりかねていたこの感情を。
「妹……、か」
そして、今はもう……理解し始めているこの感情を……。
妹と、由比の存在が、どうしてもイコールにならなくなってきた。
最初感じた違和感が、どんどん大きくなって。
そして昨日の翔太のメールを読んだ時の自分の行動と感情で、それを理解してしまった。
その感情に名前がついてしまった。
なぜ、土曜日に彼女だけを連れ出したのか。
なぜ、彼女を過保護にしてしまうのか。
なぜ、他の人の為に悩む彼女を見たくなかったのか。
――自分が誘おうとして、翔太に先に越されてしまった。
――自分の知らないところで、傷ついて欲しくなかった。
――他の男が、心を占めているのが許せなかった。
“もし翔太と二人だけでご飯食べる時は、うちで食べて”
翔太が、由比の事を好きだということを知っているから。
由比の部屋で二人にはさせたくなかった。
押さえ込んでいる感情を、翔太が吐き出してしまったら。
どうなるかなんて、考えたくはないけれど。
「兄、失格かなぁ」
思わず、声に出して呟く。
大切な大事な弟。
翔太を守るために、二人で暮らしているのに。
その弟が好きだと言う彼女を……由比さんを……
“俺、由比が好きなんだ”
そういいながら、俺がどんな反応を示すのか、どんな言葉を言うのか窺っていた翔太。
「他の男に嫉妬してしまうくらいには……、俺も由比さんが好きみたいだよ」
それが答えだ。
……翔太。