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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
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30



「それは圭介さんに同情一票」

「え、なんで」

お昼休み。

いつもどおり屋上に出てきた私は、お弁当を食べながら朝の顛末を桜に話した。



桜の反応は、私に冷たいものでした。




「疑問に思う方が、鈍いと思います」

「え、鈍いとかそういうことなの? ていうか、なんで敬語?」

半目で私を見る桜の表情からは、私への呆れしか読み取れない。

「俺も、圭介さんとやらに一票」

「え?」

いきなり横から降ってきた声に驚いて顔を上げると、そこには工藤主任の姿。

その後ろには、皆川さんもいた。

「あれ、皆川さん。今日は食堂じゃないんですか?」

いつも食堂を使っている皆川さんは、工藤主任が持っているコンビニ袋を指差してニコリと笑う。

「ワイロに釣られてやってきたのよ」

「ワイロ?」

工藤主任と皆川さんは私達の前に座ると、袋の中から昼ごはんを出した。

サンドイッチやおにぎりが、ごろごろといくつも広げたビニールの上にのせられる。

「いやぁ、上条さんと話したくて。昼休憩以外で話しかけたら、おかしいだろ?」


じゅーぶん、この状況もおかしいと思いますけどね。

……でも



私はきょろりと辺りを見渡してから、あまり人がいないことを確認して口を開く。

「桐原主任はどうしたんです? 一人ご飯ですか?」

工藤主任がいれば、一緒に食べてることが多いのに。

おにぎりのラップを外していた工藤主任が、苦笑気味に肩をすくめた。

「流石に桐原をつれてくる度胸はないよ、俺には。まぁ、あまり人もいない屋上だし大丈夫な気もするけど」

「大丈夫なわけないでしょ、まだおさまって一週間足らずなのに。馬鹿じゃないの」

「お前の馬鹿じゃないの攻撃は、桐原にしか発揮されないと思っていた……」

ショックを受けている工藤主任はさておかれ、皆川さんの視線は私へと向く。

「あのね、私も圭介さんの意見に一票よ」

真面目な表情の皆川さんを、思わず見返した。

「皆川さんもですか?」


私の味方がいない!



皆川さんはサンドイッチを食べながら、けれどゆっくりと確実に頷いた。

「可愛いからって、翔太くんも男の子だものね。先生でもあるわけだし、圭介さんも一応気にしてるんじゃないかな。あまりにも上条さんが無警戒だから」

「無警戒? 私だって、いくらなんでも警戒くらいはしますよ」

え、そうなの? という全員の視線は流しておこう。

「襲っちゃったら、ご近所付き合いどころじゃないですからね」

ふむ、と自分の言葉に納得するように頷く。

「え、そうなの? 由比、ちゃんと分かってるんだ」

桜が驚いたように持っていた箸を弁当箱の上に落とし、工藤主任はうんうんと何度も頭を縦に振り、皆川さんは感極まったように私の頭を撫でた。


「上条さんも、ちゃんと成長しているのね? あぁ、おねーさん嬉しい」



……その言い方は、私うれしくないです。



なにさー、皆して馬鹿にして。

そりゃ、警戒くらいするよ!




「工藤、書類に判をくれ」

内心不貞腐れていたら、突然後ろから声が振ってきて背筋が伸びた。

その声は。

「……桐原」

工藤主任が、少し驚いたように私の後ろ……桐原主任を見上げた。

「食堂で飯食うんじゃなかったのかよ」

「午後一提出の書類、お前判子押さずによく人に机に置きっぱなしにできたな」

ひらりと頭の上で手渡しされる書類を視線で追いながら、私の心は少し沈みこんでいた。




――私の、自己満足。


金曜の夜、気付いた、桐原主任への酷い仕打ち。



何も言う事も出来ず、ただ工藤主任と桐原主任が頭の上でやり取りしているのをずっと聞いていた。


軽く謝りながら手渡された書類に判子を押す工藤主任の手元を見ていたら、ぼそり、と小さな声が降ってきた。

「誰が、誰を襲うと思ってる?」

……

「え?」

問われた内容に自分に向けられた言葉と気付いて顔を上げようとして、それは制された。

「そのままで。主語述語つきで、もう一度言ってみろ。さっきの言葉」

周りには聞こえないくらいの小声だけれど桜たちには聞こえているのか、工藤主任が判子をしまう動作が遅くなった。

意味はよく分からないけれど、そのまま手元を見つめながら言われたことに返答する。



「私が翔太を襲っちゃったら、ご近所付き合いどころじゃない」



「……」


頭の上から、呆れたようなため息が聞こえて。

「お前今日当番だったよな」

まったく違うことを聞かれて、思わず是と答える。

「倉庫にいる」

それだけ言うと、工藤主任から書類を受け取って桐原主任は屋上から出て行った。


階段を降りていく音に、思わず体から力が抜けた。

頭を上げると、私を見る三人の顔。

眉を顰めると、皆川さんが手を伸ばして私の頭を撫でる。

「……うん、気をつけようね。いろいろと」



可哀想な子を見るような、その目はなんなんだーっ。










夜、当番が終わった後。


地下の倉庫に行った私は、入った早々怒られた。

「何で来るんだろうな、お前は」

ドアをあけた途端言われた言葉に、思わずむっとして言い返す。

「桐原主任が言ったんじゃないですか。倉庫にいるって」

わざわざ呼び出すくらいだから、何か用があるのかとっ。


倉庫の中で整理をしていたのだろう桐原主任は、書類の並んだ長机に軽く腰を掛けて私を見下ろした。

「言われたからって振ったばかりの男に会いに、誰もいない倉庫に来るか?」


……その言い方って、なんか嫌だな。


「用がないなら、帰りますよ」

「用ならあるさ。俺も圭介の言うことに一票ってな」

なにそれ。しかも、呼び捨てですかい。

「それだけですか? そんなの、昼に言えばいいことなのに」

「お前がどれだけ鈍いか、お前自身に知ってもらいたかったからな」

「鈍い?」

「鈍い」

どこが。


ふぅ、と溜息をついて立ち上がった桐原主任が、私の方に近づいてくる。

それをじっと見ていたら、目の前まできた主任に頭を軽く叩かれた。

ていうか、軽くても結構痛いよ、ちょっとっ。

叩かれた頭を押さえながら睨みあげると、呆れたように大きく息を吐かれた。

「少しは警戒しろ。ったく、なんで俺がこんなこと言わなきゃならねぇんだ」

「警戒なら、充分してますって」

「俺を襲わないようにって?」

「……襲いません。どんな間違いがあろうとも」



……なぁねずみ、そう溜息とともに言われてきょとんと見返す。


久しぶりに呼ばれたなぁ、その名前。

桐原主任は眉間に皺を寄せて、口を開く。

「反対を思え。俺に襲われるかもしれないだろ」

「はぁ?」

思わず半目で、桐原主任を見返した。

「私相手に、ですか?」

「お前、俺がお前のことを好きだって言ったの、もう忘れたのか。あぁそうか、ねずみだけに脳みそが……」

「……主任」

それが、好きだった人間に言うことか。

「分かりました。桐原主任には、警戒することにします」


人が罪悪感に苛まれているというのに、からかうために呼んだって?


「それもそうだが、頼むからあの二人にも少しは警戒しろ」

二人って……、話の流れ的に昼の内容だと考えれば、指す人は分かる。けど――

「でも、翔太も圭介さんもお隣さんだもの」

「だからなんだよ」

切り替えされて、思わず黙る。

「お隣でも、男は男だろ」



ふと、その言葉に昨日の翔太が脳裏に浮かんだ。

穏やかに笑う、翔太。

暗い雰囲気の、翔太。


警戒? する必要は無い。

翔太は、家族を求めているように見えるから。




「圭介さんも翔太も、そんな事する人達じゃないから。大丈夫ですよ」

「上条……」

「桐原主任、見えないけど優しいんですよね。分かってますよ」

にこりと笑うと、怪訝そうな表情をされてしまった。

「なんだ気持ち悪い」

「心配してくれたんですよね? ありがとうございます」

「……ホント気持ち悪いな」


そう言って片手で口元を押さえると、そっぽを向いてしまった。


おぉ、照れてる照れてる。


思わず笑いそうになりながら、私はドアノブを掴んだ。


「本当に大丈夫ですから、ありがとうございました」


ドアを開けて振り返った私は、もう一度頭を下げてそこを後にした。









「……あー……」

中に残された桐原は口を押さえていた手で頭をガシガシとかくと、先ほどまで書類整理をしていた机に腰を掛けた。

そのまま両手で頭を抱える。


「すげぇ……未練」


情けねぇ……、そう呟いた声は誰もいない倉庫に微かに響いた。




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