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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
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29

しばらく……といっても、数分もない間、じっと見合っていて。

負けたのは、私だった。

「食事の支度が楽って言うのも、本当」

「も?」

すぐに聞き返してくる圭介さんに、小さく頷く。

「翔太のね、様子が少しおかしかったから」

「翔太の?」

思ってもいなかった答えだったらしく、圭介さんが鸚鵡返しのように呟いた。

「そう。なんか少し暗い雰囲気で、どうしたのかなって思ったら手が凄く冷たくて……」

「握ったの?!」

え、突っ込みどこはそこ?!


いきなり身を乗り出してきた圭介さんの勢いに、少し状態を後ろに下げる。

狭い車内、あまり意味はないけれど。

「握ったっていうか、まぁ。流れで」

「流れって……」

そう呟く圭介さんの顔が、なにやら小言を言いそうな表情に見えて慌てて話を続けた。

「で、部屋に上げた後、食事の支度をする私を見て“こーいうの、いいな”って」

「こういうの?」

「うん。それでね、考えたんだ。翔太って、何だかんだいってまた十七歳でしょ? 母親って言うか、家庭の雰囲気に憧れてるのかなって」

「家庭の……」

一緒に住んでる圭介さんには、あまり言い言葉とは思えない。


けれども。




「……詳しくは知らないし、聞き出そうとも思わないけれど」


そう言って、一度口をつぐむ。

実は、ずっと気になっていたことがある。

土曜日、圭介さんに聞いた言葉。


「圭介さんと翔太のお母さんって、別の人……なんじゃないかなって」


斜め上で、圭介さんが息を呑む音が聞こえた。


「それ、誰かに聞いたの……?」

少し、声が強張っているのは聞き間違いじゃないだろう。

「違う。土曜日、お弁当の話をしていた時に“翔太の母親が作る卵焼きは、確かに甘くなかったからね”って、圭介さん言ってたから。じゃぁ、圭介さんのお母さんの作る卵焼きは違ったのかって、普通に思っちゃって。後から気付いたの」


圭介さんは一瞬目を見開いて、力が抜けたように座席に深く背を預けた。

「そっか。無意識に酷いことを言ってたんだな」

「酷いとは思わないけど。それに気付いた上で翔太の様子を考えたら、一緒に食卓を囲むっていうのも在りかなーとか思って」

翔太自身気付かなくても、そういう雰囲気を求めているのかなって思った。



そう思えば、少し暗かったのも理解できる。

家庭の雰囲気を求めている人の唯一の家族である圭介さんを、土曜日独り占めしてしまった私に独占欲を刺激されちゃったのかもしれないし。

そう伝えると、確実にそれは違うと却下されちゃったけど。



圭介さんは少し困ったように眉を顰めて考え込んでいたけれど、しばらくして顔を上げた。


「それでも、由比さんに掛かる負担を考えると……」


「ううん。私もね、一緒にご飯食べられたらなって思う」

圭介さんの言葉を遮るように、口を開いた。

「私、ご飯食べてもらえるのが嬉しいっていったでしょ? もし、一緒に食べられたらもっと嬉しいなって思う」

そう言って、脳裏に浮かんだ記憶をゆっくりと沈める。

一度目を瞑って気持ちを落ち着けてから、再び目を開けた。

「私ずっと一人で食べてるから。自分の作った食事を、二人と一緒に食べられたら嬉しい」

そう言って、圭介さんが負担に感じないように目を細めて笑顔を作る。

「でも……圭介さんと翔太の中に、私が入るの、やっぱりおかしいかな」

優しい圭介さん、明るくて元気な翔太。

仲のいい兄弟の中に、他人の私が入ったら……

その考えは口に出さなくても、圭介さんには伝わったらしく。

ぽんぽん、と頭に優しい重みが加わった。

数回バウンドして、頭の上から降りていく。



顔を上げると、圭介さんの優しい目が私を見ていた。




「おかしくないよ、由比さん」


「圭介さん……」

私の言葉を聞いてにこりと笑うと、シートベルトを締めた。

「妹だって言ったでしょう? 例えそういう括りをしなくても私達にとって大切な人だから。由比さんは私達家族の、一員だよ」

家族の、一員。




その言葉に、感情が溢れる。

圭介さんに分からないように、窓のほうに顔を向けた。



「ありがと、圭介さん」

「いいや、こっちこそ。でも……」

そう言った声音が、最初の強気な圭介さん声になっていて顔をそちらに向ける。


「もし翔太と二人だけでご飯食べる時は、うちで食べて」

「? なんで?」


意味が分からない。

作ること考えたら、うちの方が楽なのに……。

ここまで言ってもやっぱり圭介さんの過保護は揺るがせないのか? と、内心溜息をついていたら。



その理由を思いついて、ぽんっと手を叩いた。



「そういうこと」


いきなり呟いた私の言葉に、圭介さんが不思議そうな顔をしていて。

その腕を軽く叩いて、笑い声を上げる。

「大丈夫だよ、圭介さんっ」

思い浮かんだその理由に、なるほどなるほどと自分で納得。

「翔太、大事だもんね?」

「え?」

駅のロータリーに車を停めて、再び私を見た圭介さんに思いっきり笑いかけた。



「大丈夫! いくら翔太が可愛いからって、襲ったりしないから!」



「……は?」


真顔で聞き返されて、再び口を開く。

「大丈夫だよ、圭介さん。そんな心配しなくても!」

グッと親指を立てて、目の前に突き出す。

そうだよね。

いくら妹とか言ってくれても、実の弟は一番大切だよねっ。



「……」



圭介さんは大きく息を吐き出すと、はははと乾いた笑いを零した。

「私も翔太も大変だ」

「え?」

声が小さくて、聞き取れない。


顔を覗きこむように聞き返すと、なんでもないよと笑われた。






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