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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
52/153

26


自分たちの部屋の玄関を開けると、圭介は翔太を先に入れてその後から上がった。

持っていた鞄を隅において上着を椅子に掛けた翔太は、冷蔵庫に手を伸ばす。

「いやー、疲れたわ。でも、ほとんど準備できた」

「へぇ? 早いな」

麦茶をグラスに入れて、冷蔵庫を閉めながら肩を竦めた。

「準備って言っても、女子がメインだから。俺らは言われたことをやるだけ」

「まぁ、そんなものだよ。怒らせちゃいけない」

おどけたように笑うと、圭介は洗濯物を取り込むのだろう。ベランダへと歩いていく。

その後姿を見送って、翔太は台所の椅子に腰掛けた。

麦茶を一口飲んで、ふぅ、と息を吐き出す。




少し前。

帰宅した翔太の耳に入ったのは、由比の部屋から聞こえてくる泣き声。

慌てて由比の部屋のドアを開けようとノブに手を伸ばした翔太は、泣き声の合間に聞こえてきた男の声に動きを止めた。

耳を澄ましてみると、それは圭介の声で。

宥めるように何か言っていた。

伸ばした手を、ゆっくりと引っ込めて立ち尽くす。


自分の知らない間に、何があったのか。

懸命に考えても、浮かぶわけがない。

けれど、由比が泣いている。

圭介のそばで。


ただ、立ち尽くすしかなかった。

部屋に戻ればいいと、頭の中では分かっているのに。

圭介に心を許すように泣いている由比の声を、聞いているのがつらいのに。

けれど、そこを離れることが出来なかった。


しばらくして、泣き声がやんで。

目の前のドアが開いた時に逃げようかどうしようか考えたけれど、少しだけ開いたそれはそれ以上開くこともなく。

中の声が聞こえてきた。



「圭介さんって、凄く優しくて、話もちゃんと聞いてくれて、先生だからかすこーし過保護すぎるけど頼りがいがあって」


由比の、声。


凄く嬉しそうに、楽しそうに話す言葉。

圭介への、賛辞。

過去にも違う場面でよく聞いたその言葉に、背筋にひやりと汗が流れる。


由比、も?

由比も、圭介が……



「やっぱりおにーちゃんていいなぁって。隣に越してきてくれて、私的すっごいラッキー」



ぎゅっと握り締めた拳が、思っても見なかった由比の言葉にふっと緩んだ。

同じ様に、顰めていた顔からも強張りが抜ける。


おにいちゃん? と、ぎこちなく聞き返す圭介の声に、再びどくりと鼓動が早まったけれど。

翔太が羨ましいと笑う由比の言葉に、身体から力が抜けた。


ゆっくりとその場を離れて、部屋の鍵を取り出す。

ばれないうちに、部屋に入ってしまおう。

そう思いながら鍵穴に鍵を差し込んだところで、出てきた圭介に見つかった。

間に合わなかった。


その後ろから顔を出した由比の目は、真っ赤に充血していて。

大泣きしていた声そのまま、少し泣きつかれた笑顔。

理由を聞いても、それは誤魔化された。

本当は、理由を教えてくれるまで聞きたかったけど。

変なプライドが、それを邪魔した。

誤魔化すためのその言葉に、のっかって……。




「ほら、翔太」

目の前に畳まれた洗濯物が置かれて、考え事から意識を浮上させる。

横には圭介。

取り込んだ洗濯物を畳み終えたらしく、翔太の分をテーブルに置いて向かいの自分の席に座った。

手には、翔太の持つグラスと同じもの。

いつの間にか、麦茶をグラスに注いでいたらしい。


「圭介」

「ん?」

麦茶を飲んでいた圭介が、翔太に視線を向ける。

翔太は真剣な顔で、じっと圭介を見返した。

「俺、由比が好きなんだ」

「……」

分かっているとでも言うように頷かれて、翔太は少し語気を強める。


「由比が、好きなんだ」


同じ言葉を、圭介がどう受け取ったのか分からない。

けれど圭介は麦茶を飲み干すと、分かってるよとただそれだけを言って夕飯の用意を始めた。

その後姿から目を逸らして、手元のグラスに落とす。




――圭介は?




その一言が、口に出せない……


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