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「早く、早く」
玄関先で私を急かす声に、つい笑いそうになって口元を引き締める。
こう、なんていうの?
子供がご飯を待ちきれなくて、箸とかでお茶碗叩いている状態?
大きいから余計に面白い。
圭介さんに準備するからと戻ってもらったのは数分前。
十分後に廊下で待ち合わせだと言っているのに、翔太は騒がしい。
「ねー、早くしないと上がるよー」
「ちょっと待ってって」
別に上がってきても構わないけど、圭介さんの手前、女として無自覚と思われても嫌過ぎる。
確かに今日初めて会ったわりには、凄い馴れ馴れしい気はするけれど。
でも、なんだかんだ言ってちゃんと玄関で待っているとことか。
こっちが不快になるようなことはしていないというか。
ある意味、無邪気というか翔太は行動にあまり意味がないんだろうなと思う。
まぁ子供ならではの順応性というか。
馬鹿にされているというか。
確実、女にみられてないからの態度なのだと。
ははは、圭介さん考えすぎ~
――それはそれで、へこむ
内心がっくりきながら、シチューの入った鍋を布で包んで玄関に持っていく。
待っているのに飽きたのか座っていた翔太が、飛び跳ねるように立ち上がった。
「よっしゃ、早く行こう」
鍋に伸ばそうとした翔太の手を、遮るようにぽんっと叩いて止めた。
「あともう少し、我慢」
叩かれた腕を渋々下げながら頬を膨らますこの子を、どう高三だと見ればいいのか。
ホント、唯の子供だよね。
さながら待てをされた、大型犬。
「翔太くんは、ツナとハムとチーズ、どれが好き?」
「え? 全部」
脊髄反射並みに答えた翔太に、腕まくりをしながら「全部か」と笑う。
「圭介さん来るまであと五分。まぁ、間に合うでしょ」
そう言いながら、短い廊下をキッチンに戻った。
テーブルの上には、サンドウィッチ用の食パン。
夕飯でシチューと一緒に食べようと思っていたけれど、まぁいいや。
「由比、何してんの?」
玄関先から翔太が不思議そうな声を上げている。
それはそうだろう、なんと言ってもお腹がすいて人を急かしていたくらいだ。
けれどさっき私に聞かれたのが食べ物に関係している事で、翔太の忍耐力はまだ保たれているようだ。
うるさいけど。
「すぐ作るから」
自分が食べたかったから既に作ってあったツナマヨ(マカロニ入り・私の好物)を、レタスと一緒にマーガリンを塗ったパンに挟む。
ハムとチーズは一緒にパンに挟み、出来たものをパン用の包丁で4/1に切り分ければ終了。
それをペーパーナプキンに包んでラップで包む。
手近にあったマチの広いトートバッグに入れて、準備終了。
バッグにお皿とスプーン、お絞りを入れると翔太の待つ玄関へと向かった。
「お待たせ。さ、行こう」
立ったままこっちの様子を伺っていた翔太は嬉しそうに頷くと、廊下にさっき置いた鍋を手に持つと玄関のドアを開けた。
それに続いて、外に出る。
「すみません、お待たせしてしまって」
既に待っていたのか隣の部屋のドアに寄りかかる圭介さんの姿に、慌てて頭を下げる。
圭介さんは温和そうな顔を少し崩して、私の手からバッグを取ろうと手を伸ばしてきた。
「あ、大丈夫ですよ。持てますから」
そう言って遠慮しようとしたけれど、あっさりとバッグを持っていかれてしまった。
「こちらが無理を言ったんですから、この位させて頂かないと」
なんだか義理堅い人だ。
そして温和そうだけど、多分頑固だ、この人。
さっきから流されているようで、自分の主張だけは曲げないもの。
私は早々に諦めて、頭を下げる。
「じゃあすみませんが、お願いします」
「いえ」
私の言葉を聞くと、満足したように歩き出した。