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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
49/153

23


「桐原さんと話がしたい。携帯とか分かる?」


……え?


圭介さんの口から出てきた意外な名前に、それまで俯けていた顔をがばっと上げる。

見上げた先には、眉を顰めている圭介さんの顔。

見たことのないくらい、硬い表情をしている。

「桐原主任に、なんの話……」

圭介さんが話すことなんて、なにも……

「由比さんが何も言わないなら、桐原さんに聞くしかないからね」

その言葉に、慌てて頭を振った。

「ホントにもう解決したから、圭介さんが気にすることは何も……っ」

「それが本当なら、どうして“嫌”なの?」

私の言葉を、圭介さんが遮る。

「それは……」

口ごもる私を見下ろして、圭介さんは息を吐いた。



「……由比さん、痩せたの知ってる?」

「……え?」

まだ硬い声は、ぽつりと呟いた。

「由比さん、ずっと空元気だったの気付いてる?」

「圭介さん……?」

背中に触れる手のひらが、肩に動いてぎゅっと力をこめる。

「それを見て、どれだけ心配したか……分かってる?」



どくん、と心臓が音を上げた。

同時に、足から力が抜けた。

思わず圭介さんのシャツを掴む。


大丈夫、一人で大丈夫ってそう思ってたのに。

我慢すれば、いつか終わるから大丈夫って……だから平気だって思ってたのに。


「……由比さん、座る?」

圭介さんは少し離れると、力が抜けて座り込みそうになる私の身体をゆっくりと廊下に座らせた。


圭介さんはその前に、しゃがみこんで私を見る。

いつも頭の上にある顔が目の前に来て、少し上体を後ろに引いた。

そのまま顔を俯けた私は、一度目を瞑って深呼吸をする。



圭介さんが心配してくれているのは、分かってる。

そりゃ、駅で桐原主任と話していたのを見られたし。

今日の朝の言葉も聞かれたし。

理由が気になるのも……分かる、分かるけど。


でも……

言いたくない。

何も、誰にも。

一つ、気持ちを口にすれば……、どんどん自分が弱くなってしまう。

それを、分かっているから。



どうにかして、この状況を変えなければと考えを廻らす。

そして、圭介さんが話し始めるのを緊張しながら待った。



圭介さんは顔を上げない私に諦めたのか、そのまま話し出した。

「由比さん。桐原さんの……」

「あーっ! お肉っ! 魚が痛んじゃうっ!」

その言葉を遮るように叫ぶと、玄関においてあるスーパーの袋に視線を向ける。

圭介さんは意表をつかれたように目を見開いて、私の視線の先を目で追った。

そこで、あぁと分かったように頷くと、立ち上がって玄関に置きっぱなしだったスーパーの袋を手に取る。

「冷蔵庫に入れればいいかな」

「え」

靴を脱いで上がりそうになる圭介さんから、その袋を奪い取る。

「自分でやるから、大丈夫! 圭介さんも、自分ちの入れないと腐っちゃうよ?」

ね? と笑いかけながら、その袋を床に置いて立ち上がった。

がさり、と音を立てて袋の口から飛び出してきた魚の切り身のパックを目に留めながら、圭介さんが私を見下ろす。

けれど何も言わさないようにその身体を両手で押すと、戸惑ったように私を呼ぶ圭介さんの声。

「由比さん、ちょっと待って。まだ、話は……」

「ダメ! 食材を駄目にしたら、ごはんの神様に怒られますよっ。ほらほら、戻って!」

「由比さんっ」

勢いで何とか玄関から圭介さんを押し出す。

「今日はありがとうございました! 凄く楽しかったです。明日からのおかず、楽しみにしてくださいね」

では! と頭を下げると、私の勢いにまだ呆然としている圭介さんを視界に入れないようにして、ドアを閉めた。


カチリ


鍵を閉める、金属音が耳に響く。

そのまま、その場所を離れた。



アドリブは効かない。

誤魔化すのが下手なのは分かってる。

余計、心配させてしまう。分かってるけど……。


台所に入って、袋から冷蔵庫に食材を詰めていく。

一人暮らし用にしては少し大きい冷蔵庫。

一杯になったことのないその場所が、今までにないくらい食材で溢れてる。

ずっと一人で暮らしてた。

ずっと一人で……。


脳裏に浮かぶ、お隣の兄弟。

嬉しそうに、私のご飯を食べてくれる。

お弁当を持って行ってくれる。

些細なことかもしれないけど、とても幸せで。

誰かのために作ることが、誰かが食べてくれることが嬉しくて仕方なかった。

だから、甘えてしまったのかもしれない。

精神的に、頼ってしまったのかもしれない。


こんなんじゃ、ダメ。

一人で立てる強さを、持ちたい。

持たなきゃ、いけないのに。



――なんで、上手くいかないんだろう。



「もう、嫌だ……。嫌、だなぁ」


呟く。


目から零れていく温かいものが、頬を伝って手に落ちる。


こんな、弱い、自分は嫌い。




その時、玄関のチャイムが鳴った。

思わず肩を震わせて、玄関を見る。

「誰、だろう……」

涙を台所のタオルで拭って、玄関に向かう。

圭介さんだったら、出たくないな。

すると聞こえてきた声は、女の人の声で。


「由比ちゃん、ちょっといーい?」

この声……

慌てて玄関の鍵を開けて、ドアを外に押し開く。

そこには優しそうなおばちゃんの姿。

「神野のおばちゃん、どうしたの?」

さっき、野菜を渡した一階の神野のおばちゃんがそこにいた。

その手には、ほうれん草のおひたし。

「とりあえずぱぱっとね、作ってみたのよ。おもたせのもので悪いけど、よかったら食べてねー」

差し出された小鉢を受け取って、頭を下げる。

「ありがとう、おばちゃんっ」

「こちらこそ、ありがとうねぇ。それじゃ」

「はい」

小さく手をひらりとふったおばちゃんが、ドアの向こう側に声を掛ける。

「早く仲直りね?」

「……え?」

仲直り?

自分に言われたのかなんなのか、おばちゃんが言った言葉に首を傾げていたら。

開いたままのドアが、外から掴まれた。


「はい、すみません」


……え


その声に、表情が固まった。


「じゃあね。由比ちゃん、遠野さん」

その声に応えながら向こう側に開かれたドアから、中へと滑り込んでくるその人を呆気にとられながら見上げた。



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