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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
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22



「いや~、豊作ですねっ」

「そうだね」


ルームミラーで後部座席を見る私の目には、山盛りの野菜たち。

見えないけど、トランクにはお米や味噌、途中のスーパーで買ったお肉やキッチンペーパー等がつまれてる。



散策路から戻った私達は、もう、これでもかっていうくらい野菜を買った。

これで、お漬物作るぞー!

干し野菜作るぞー!

冷凍のおかずは何作ろう。

西京味噌買ったから、酒粕と混ぜて味噌床作ろう。

魚とか豚肉とか漬けたりしたら、おいしそうだなぁ。



「由比さん、楽しそうだね」

うきうき何を作ろうか考えていたら、圭介さんに見られていたらしい。

こほんと咳払いをしてから、圭介さんに目を向ける。

「楽しいですよ? もう、何を作ろうかと。明日は楽しみ」

既に夕方に近い時間。

今から出来ることは少ないから。

「ホント、料理好きなんだね」

「うん、好き」

「それは、よかった。うちは大助かり。感謝しても、したりません」

おどけたように笑うその声と共に、アパートの駐車場に車が停まる。




「到着ーっ。お疲れ様でしたー」


シートベルトを外して、外に出る。

家をでる時は青空を見せていた空は、すっかり濃いオレンジに変わっている。

「さて、荷物運ぶから由比さん、鍵開けてきてくれる?」

運転席から降りた圭介さんが、車越しにアパートの鍵を投げ渡してくる。

「ととっ」

慌てて手を出してそれを受け取ると、アパートの階段を上がる。

自分の部屋のドアを開けてから、圭介さん達の部屋の鍵を開けて階下に降りた。

すると一階の右端の部屋のドアが開いて、中から住人が顔を出した。

「由比ちゃん、お出かけかい?」

「あ、神野のおばさん。今帰ってきたんですっ……て……あ、ちょっと待っててもらってもいいですか?」

神野のおばさんは、外に出していた植木鉢を引っ込めに出てきたらしい。

それを手にとって、不思議そうに頷いていた。



「圭介さん、ちょっと後部座席失礼しますね」

「ん? どうしたの?」

トランクから米を取り出していた圭介さんは、屈めていた上半身を起こして私を見る。

私は後部座席においてあった野菜を入れた袋からほうれん草とキャベツ、大根とにんじんを手に取ると神野のおばさんの元に戻った。

「今、道の駅に行ってきたんです。よければもらってください」

植木鉢を中に入れ終わってドア横に立っていた神野のおばさんは、私の手にある野菜を見て嬉しそうに笑った。

「わぁ、ありがとう由比ちゃん。助かるわー」

私から受け取ると、玄関の中にそれをおく。

「あ、隣二件には私からおかず作って分けておくから、いいわよ。なくなっちゃう」

「え、でも」

あとから渡しに行くつもりだった私は両手を振って遠慮しようとしたけれど、神野のおばさんに止められた。

「いいのよ。それにしても、いつ見てもいい男ねぇ」

おばさんお目は、既に私の後ろから歩いてきていた米を担いだ圭介さんに向かっていて。



「ですよねー。眼福眼福」

「ホントにねー、眼福眼福」



「なんの呪文ですか、お二方とも」



なむなむと両手を合わせていたら、傍まで歩いてきた圭介さんに苦笑されました。

「お野菜ありがとうね、遠野さん」

「あ、とんでもない」

米を肩に担いだまま、両手を荷物で塞いでいる圭介さんはほんわかな微笑を浮かべた。

そうだ、言っておかないと!

「見立ては私だけど、お金は圭介さんだから! 拝んどきましょう」

やっぱり会計で攻防を繰り広げたけど、そこでも負けたのだ。

おばさんの腕に触れながらそう叫ぶと、おばさんはまぁっといいながら両手を再び合わせた。


「そうね、なむなむ」

「なむなむ」


「ですから、どんな呪文ですか」



うん、困った圭介さんは可愛い。

翔太には劣るけど、可愛い。

いや、可愛さを競っても仕方ないんだけど。


そこで気付く。

肩に十キロの米を担いで、反対の手にスーパーの買い物袋を提げている圭介さんに。


「あっ、重いのにごめんなさいっ。じゃ、神野のおばさん、お願いします」

いけない、つい和んでしまった。

おばさんはありがとねと言うと、部屋の中に入っていった。

私は車に駆け寄って、野菜を手に取る。


……うん、重いね。


二家族分。しかも保存食や常備菜も作ろうとしているから、凄い量になっちゃったな。

両腕に掛かる重みに耐えながら、階段を上る。

「また由比さん、無理して。それ私が運ぶから、軽いのを持ってきなさい」

丁度荷物を置いた圭介さんと階段の途中であって、怒られました。

しぶしぶ手の荷物を渡すと、もう一度車に戻る。

だから、過保護なんだってばー。

昔バイトでスーパーのおすしやさんにいた時、五キロの米びつとか運んでたから鍛えられてるのに。


助手席に置きっぱなしだった鞄とトランクに入れておいたキッチンペーパーを手にとって顔を上げたら、既に荷物を置いた圭介さんが歩いてくるところだった。

「……意外と、力あるんだね。圭介さん」

私の隣で残りの荷物を車から出すと、そのまま鍵を閉めた。

私、一回しか運んでないんですが。

野菜と買い物の袋を両手に持って、圭介さんが苦笑する。

「まぁ、一応男だからね。由比さんより力が無かったら、それは情けない」

「そーかなー」

歩きながら、おねーな圭介さんを想像して気持ち悪くなった。

「何を想像してるのかな」

微妙な顔をしているのに気付かれたらしい。

慌てて笑顔を作って、あははと軽く笑い飛ばす。



「おねーな圭介さんって気持ち悪いなと」

「想像しなくていいから、そんなの」

きらきらの笑顔で、おっそろしい雰囲気出されました。

この兄弟、笑顔で人を威圧するの得意技なわけですか!?

とりあえず笑って誤魔化そう、そう思い立って自分の部屋の玄関に荷物を置く。

圭介さんも肩に担いでいた五キロのお米を、私の横から玄関に入って置いてくれた。

「じゃ、これで全部だね」

「はい、ありがとうございました」


そうお礼を言うと、どういたしましてと頭の上から言葉が降ってきた。

降ってきたのはいいんだけど……。


「……?」


……うん。玄関狭いから向き合うとね。ちょっとね。

後ろの玄関は、開いている。

だから圭介さんが一足分でいい、横にずれてくれればこの状態から開放されるんだけれど。

圭介さんは、目の前に立ったまま動かない。



「あの、圭介さん?」


俯いた視界には、圭介さんの足が見えている。

それが動かないんだから、上半身はそこからどいていないわけで。

伺うように名前を呼ぶと、微かに目の前の体が身じろいだのが雰囲気で感じる。

「由比さん」

「……はい?」

何か、さっきとは違う真面目な空気に思わず硬い声が出た。

圭介さんは少し逡巡するように黙ると、少し間をおいて口を開いた。


「本当に、解決したの?」

「……え?」

圭介さんの言葉に、頭から足元へと血の気が引いていく。

何で、今更……。

朝にベランダで独り言を聞かれて問われた時、誤魔化したらそのまま流してくれたのに。

だからなんとか平気な顔を作って、頭を縦に振る。


けれど圭介さんは、誤魔化されてくれる気はないらしい。

「ならどうして悩みが解決した翌日に、もう嫌だって顔を伏せながら呟くのかな」


声と共に肩に置かれた手のひらに、思わず身体が跳ねるように反応した。

「――っ!」

後ずさった背中が壁に当たって、反動で前にのめる。

けれどそこに圭介さんがいることに気付いて、前に手を出しながら身体を無理やり横に捩った。

「……っ」

けれど来るべき衝撃に目を瞑ったら、いつまでたってもそれが来ない。

そしてその理由に気付いて、思わず身体の動きが固まった。


腰と背中に感じる自分のものじゃない、温もりと感触。

押し付けられているそれは、多分、圭介さんの身体で。

床に倒れると思って早くなった鼓動が、違う意味で高鳴っていく。


「……由比、さん」

目の前の身体から直接振動が伝わってくる、圭介さんのいつもより低い声。

けれどその声は、心配そうなものだというのに何か怒っているような雰囲気を纏っていた。

「ごめんなさ……っ」

いつまでもしがみついているからかと思って離れようと手に力をこめると、それ以上の力で引き戻される。


「由比さん」


再び名前を呼ばれて、今度ははっきりと怒りを含んだ声に身体がびくりと震えた。

今まで、強い口調でお説教されたことはあるけれど、それは心配が先にたったものばかりで。

今は心配ではなく、怒り。

それは、隠そうとする私へのものなのだろうか。


圭介さんは私から離れようとせず、そのままの口調で話を続けた。






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