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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
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「ほほぅ、これが圭介さんのいうお買い得という事ですか」

「まぁ、私はそうとは言わなかったけどね。お買い得と言うよりも、役得の方があってるかな?」



目の前には、おいしそうなパスタ。

横に顔を向ければ、緑の綺麗な山。



圭介さんに連れてこられたのは、アパートから少し離れた俗に言う“道の駅”。

テーマパーク化してる道の駅が多い中、ここも小規模ながらいろいろな区画があるらしい。

小川の流れる散策路とか、子供向けのアスレチックとか、お弁当を食べられる広場とか。

そして何よりも、道の駅だけに素晴らしいのは農産物直売所。

そして今、私達がいる場所は。

その直売所の横に併設されている、地域の野菜を使った食事を出すカフェレストラン。


うん、とっても素敵なところですよ。

ご飯はおいしいし? 風景は綺麗だし? 目の保養も前に座ってるし?


「確かに私の役得な気がします」

「何を言うの。私が役得なんだよ」

一人称だけ聞いていると、女の子二人みたいだね。

そんなアホな事を考えながら、くるくるとフォークにパスタを巻き取る。

「いい空気を吸えて可愛い子と食事が出来て、最高に役得」

そうにっこりと笑う圭介さんに、あははははーと笑い返す。

「圭介さんでも、そんな冗談言うんですねー。だったらもっと可愛い子を連れてこないと」

「……言い方を変えようか。可愛い由比さんと一緒においしいものを食べられて、私は役得だ」

お互い、フォークにパスタを絡ませたまま、じっと見る。

傍から見たら、見詰め合う恋人って?

会話の内容を聞いてからにしてください。

現在、ある意味争い中です。



「……圭介さん、口が上手い人だったですね」

「……そう来るか。由比さんは、なかなか手ごわい」


手ごわいって、頑固って事?

それを言うなら圭介さんのほうだと思うけどなー、そんなことを考えながら巻き取ったパスタを口に入れる。

うん、おいしい。

私が食べているのは、魚介のクリームパスタ。

アスパラガスとほうれん草、赤いラディッシュが色鮮やかに盛り付けてある。

なかなかクリームソースって、家でやっても、これ!って味にならないんだよね。

旨みを出すのが上手くいかないんだよね、きっと。


圭介さんは、ボンゴレ。

私もちょっと迷った。

こくがあってさっぱりしてて、おいしいんだよね。

想像すると、アサリの旨みが口に広がる。

どれだけ、食いしん坊なのか。


「食べる?」

「っ!」


勢いよく顔を上げると、にこにこ笑む圭介さんがお皿を少し私の方に押し出した。

「えっ、いやいやそんな。他人様のものをとるなんて」

つれてきてもらった上に、それはだいぶ図々しいのでは。

片手を振って否定したら、そう? とお皿を元の位置に戻す。

それを顔を逸らしつつつい目で追っていたら、フォークとスプーンで器用にパスタを多めに巻いて取り皿に載せた。

ご丁寧に、スプーンでスープも掛けてくれて。

「はい、どうぞ」

私の目の前に、差し出してくれた。

「え?」

「もう取り分けたんだから、文句言わずに食べること」

ね? と笑う、圭介さんに視線をさ迷わせてから、そのお皿を手に取った。

「なんだか、ごめんなさい」

「謝るわりには、顔が笑ってるけど」

「素直なもんで」

パスタを口に運ぶと、想像以上のおいしさについ表情が緩む。

「おいしい!」

そんな私を見る圭介さんは、思いっきりおにーちゃんの目だ。

「それはよかった」

そう言って、自分もパスタを口に運ぶ。


たわいも無い話をしながらパスタとサラダを胃に納めると、散策路の方に足を向けた。

その際、どっちがお金を払うかでレジ前で攻防を繰り広げたのは、言うまでも無い。

最終的には圭介さんに負けて、払ってもらいましたが。





「綺麗ですね。アパートからそんなに遠くないのに、空気がおいしい」

実際一時間くらいしか離れていないけれど、私は来た事がないから日帰り旅行にでも来た気分になる。

土曜日だからか人は結構いるけれど、それは子供向けのアスレチックや広場の方に集中していて、私達が今歩いている散策路にはほとんど誰もいない。

隣を歩いていた圭介さんは顔を少し私のほうに向けて、おもむろに頭をゆっくりと撫でた。

「喜んでくれたならよかった。今日は、由比さんへのご褒美だから」

「……ご褒美、ですか?」

撫でられたことに驚いて圭介さんを見上げると、その表情はとても優しくて。

細められた目が、眼鏡越しに私を見下ろす。

「頑張ってる由比さんに、私からご褒美」

頑張ってる?

って、あぁ……

ぽんっと圭介さんの腕を叩いて、一歩先にでる。



「こんなことしてくれなくったって、ちゃんとお弁当もご飯も作りますよ。ホント、義理堅いというかなんというか。でも、せっかくだから楽しませてもらっちゃいます」

「そういうことじゃないんだけど。あぁ、ちゃんと下見て歩かないと……」

圭介さんを見上げながら笑う私に、過保護圭介さん光臨!

心配そうに私を見る圭介さんをからかう様に、後ろ向きで歩いていたら――


「っ、どわっっ!」


見事に躓きました。

しりもちをついた私を、呆れ顔の圭介さんが目の前に立って溜息をつく。

「言わんこと無い。まったく」

「……こういう事もあるって事で!」

「誤魔化しても、ダメ」

にへらっと笑ってみたけど、ダメでした。

あぁ、説教圭介さんは光臨しないでくださいー。

せっかく綺麗な場所にいるんだから。

「はい」

どうやってご機嫌を取ろうと思っていた私の目の前に、圭介さんの手のひらが差し出された。


……この手を取れと。


子供じゃないんだし、恥ずかしい。

「……はい?」

思わず聞き返すと、眼鏡の奥の目が面白そうに細まる。

「早く、中腰は辛い」

「おじさ……」

「由比さん」

威圧的微笑に急かされて、ついその手を握った。


う、わ。


思わず赤面しそうになった顔を、圭介さんから反らす。

いや、うん。

恥ずかしい。

ちょっとどころじゃなく、凄く恥ずかしい!


大きくて温かい。

自分のとは違う硬い筋張ったその感触に、押さえようとしてもどんどん頬に血液が集まってきた。


圭介さんの手に引っ張られるように身体を起こすと、慌てて握っていた手を開く。

「あはは、ありがとうございましたっ」

……ん? 

目の前には、開いた私の手とそれを握る圭介さんの手。

ぶんぶんと、振ってみる。

……取れない

既に手に対する感想じゃない言葉が、脳裏に浮かぶ。

仕方なくもう一度振ってみたら、握られた手を引かれて足が一・二歩前に進んだ。


「え、あのっ。圭介さん?」

なぜ、手を離してくださらないっ!

焦ったように見上げると、圭介さんは前を向いたままで。

何も言わず、ゆっくりと歩いていく。

うわぁっ、何これっ。

人に手を引かれて歩くなんて経験、しかも相手が男の人って、ありえないんですがぁっ。

その時、丁度近くを歩く女性と目が合った。

おばさま二人組。

その人達は、圭介さんと私を交互に見ながら、あらあらとか話してる。



うっわ、絶対……


――あらあら、若いっていいわねぇ

――見てるこっちが恥ずかしいわぁ


……とか、言われてるんだ!←いつの時代(笑

どんな羞恥プレイだ!




私は掴まれている手を引っ張って、圭介さんを呼ぶ。

「圭介さん、離してっ」

「ん? ダメだよ、今、お仕置き中だから」


――


「は?」


なんか、今、圭介さんから発せられないような言葉が聞こえたような。

思わず聞き返すと、くすくすと笑う圭介さんが握っている手を持ち上げる。

「敬語。止めようって言ったのに、今日は朝から使ってる。気付いてたかな?」

敬語?

えーとえーと、使ってたような……? よくわかんないんですけど!

「それにしても、お仕置きって……」

言葉が怪しいとか思っちゃう、私が怪しいですかっ?

「だって、言うこと聞かない生徒には、お仕置きだよね?」

生徒って……

「いや、学校では言わない方がいいですよ、その言葉」

「そう?」

「はい、確実に」

耳年増なイマドキの子には、違うお仕置きだと思われますよ。

しかも、お仕置きを強請られるかもですね。


圭介さんはくすくす笑いながら、ゆっくりと散策路を歩いていく。


「……まぁ、分かって言ってるんだけどね。由比さん限定で」

「え?」

何とかして圭介さんの手を取ろうと格闘中だった私は、最初の方の言葉が聞こえなくて顔を上げた。

「何が、私限定なんです?」

見上げた先の圭介さんはほんわりといつもの笑みを浮かべていて、なんでもない、と言ったっきり私の手を握ったまま前を向いた。




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