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「ほほぅ、これが圭介さんのいうお買い得という事ですか」
「まぁ、私はそうとは言わなかったけどね。お買い得と言うよりも、役得の方があってるかな?」
目の前には、おいしそうなパスタ。
横に顔を向ければ、緑の綺麗な山。
圭介さんに連れてこられたのは、アパートから少し離れた俗に言う“道の駅”。
テーマパーク化してる道の駅が多い中、ここも小規模ながらいろいろな区画があるらしい。
小川の流れる散策路とか、子供向けのアスレチックとか、お弁当を食べられる広場とか。
そして何よりも、道の駅だけに素晴らしいのは農産物直売所。
そして今、私達がいる場所は。
その直売所の横に併設されている、地域の野菜を使った食事を出すカフェレストラン。
うん、とっても素敵なところですよ。
ご飯はおいしいし? 風景は綺麗だし? 目の保養も前に座ってるし?
「確かに私の役得な気がします」
「何を言うの。私が役得なんだよ」
一人称だけ聞いていると、女の子二人みたいだね。
そんなアホな事を考えながら、くるくるとフォークにパスタを巻き取る。
「いい空気を吸えて可愛い子と食事が出来て、最高に役得」
そうにっこりと笑う圭介さんに、あははははーと笑い返す。
「圭介さんでも、そんな冗談言うんですねー。だったらもっと可愛い子を連れてこないと」
「……言い方を変えようか。可愛い由比さんと一緒においしいものを食べられて、私は役得だ」
お互い、フォークにパスタを絡ませたまま、じっと見る。
傍から見たら、見詰め合う恋人って?
会話の内容を聞いてからにしてください。
現在、ある意味争い中です。
「……圭介さん、口が上手い人だったですね」
「……そう来るか。由比さんは、なかなか手ごわい」
手ごわいって、頑固って事?
それを言うなら圭介さんのほうだと思うけどなー、そんなことを考えながら巻き取ったパスタを口に入れる。
うん、おいしい。
私が食べているのは、魚介のクリームパスタ。
アスパラガスとほうれん草、赤いラディッシュが色鮮やかに盛り付けてある。
なかなかクリームソースって、家でやっても、これ!って味にならないんだよね。
旨みを出すのが上手くいかないんだよね、きっと。
圭介さんは、ボンゴレ。
私もちょっと迷った。
こくがあってさっぱりしてて、おいしいんだよね。
想像すると、アサリの旨みが口に広がる。
どれだけ、食いしん坊なのか。
「食べる?」
「っ!」
勢いよく顔を上げると、にこにこ笑む圭介さんがお皿を少し私の方に押し出した。
「えっ、いやいやそんな。他人様のものをとるなんて」
つれてきてもらった上に、それはだいぶ図々しいのでは。
片手を振って否定したら、そう? とお皿を元の位置に戻す。
それを顔を逸らしつつつい目で追っていたら、フォークとスプーンで器用にパスタを多めに巻いて取り皿に載せた。
ご丁寧に、スプーンでスープも掛けてくれて。
「はい、どうぞ」
私の目の前に、差し出してくれた。
「え?」
「もう取り分けたんだから、文句言わずに食べること」
ね? と笑う、圭介さんに視線をさ迷わせてから、そのお皿を手に取った。
「なんだか、ごめんなさい」
「謝るわりには、顔が笑ってるけど」
「素直なもんで」
パスタを口に運ぶと、想像以上のおいしさについ表情が緩む。
「おいしい!」
そんな私を見る圭介さんは、思いっきりおにーちゃんの目だ。
「それはよかった」
そう言って、自分もパスタを口に運ぶ。
たわいも無い話をしながらパスタとサラダを胃に納めると、散策路の方に足を向けた。
その際、どっちがお金を払うかでレジ前で攻防を繰り広げたのは、言うまでも無い。
最終的には圭介さんに負けて、払ってもらいましたが。
「綺麗ですね。アパートからそんなに遠くないのに、空気がおいしい」
実際一時間くらいしか離れていないけれど、私は来た事がないから日帰り旅行にでも来た気分になる。
土曜日だからか人は結構いるけれど、それは子供向けのアスレチックや広場の方に集中していて、私達が今歩いている散策路にはほとんど誰もいない。
隣を歩いていた圭介さんは顔を少し私のほうに向けて、おもむろに頭をゆっくりと撫でた。
「喜んでくれたならよかった。今日は、由比さんへのご褒美だから」
「……ご褒美、ですか?」
撫でられたことに驚いて圭介さんを見上げると、その表情はとても優しくて。
細められた目が、眼鏡越しに私を見下ろす。
「頑張ってる由比さんに、私からご褒美」
頑張ってる?
って、あぁ……
ぽんっと圭介さんの腕を叩いて、一歩先にでる。
「こんなことしてくれなくったって、ちゃんとお弁当もご飯も作りますよ。ホント、義理堅いというかなんというか。でも、せっかくだから楽しませてもらっちゃいます」
「そういうことじゃないんだけど。あぁ、ちゃんと下見て歩かないと……」
圭介さんを見上げながら笑う私に、過保護圭介さん光臨!
心配そうに私を見る圭介さんをからかう様に、後ろ向きで歩いていたら――
「っ、どわっっ!」
見事に躓きました。
しりもちをついた私を、呆れ顔の圭介さんが目の前に立って溜息をつく。
「言わんこと無い。まったく」
「……こういう事もあるって事で!」
「誤魔化しても、ダメ」
にへらっと笑ってみたけど、ダメでした。
あぁ、説教圭介さんは光臨しないでくださいー。
せっかく綺麗な場所にいるんだから。
「はい」
どうやってご機嫌を取ろうと思っていた私の目の前に、圭介さんの手のひらが差し出された。
……この手を取れと。
子供じゃないんだし、恥ずかしい。
「……はい?」
思わず聞き返すと、眼鏡の奥の目が面白そうに細まる。
「早く、中腰は辛い」
「おじさ……」
「由比さん」
威圧的微笑に急かされて、ついその手を握った。
う、わ。
思わず赤面しそうになった顔を、圭介さんから反らす。
いや、うん。
恥ずかしい。
ちょっとどころじゃなく、凄く恥ずかしい!
大きくて温かい。
自分のとは違う硬い筋張ったその感触に、押さえようとしてもどんどん頬に血液が集まってきた。
圭介さんの手に引っ張られるように身体を起こすと、慌てて握っていた手を開く。
「あはは、ありがとうございましたっ」
……ん?
目の前には、開いた私の手とそれを握る圭介さんの手。
ぶんぶんと、振ってみる。
……取れない
既に手に対する感想じゃない言葉が、脳裏に浮かぶ。
仕方なくもう一度振ってみたら、握られた手を引かれて足が一・二歩前に進んだ。
「え、あのっ。圭介さん?」
なぜ、手を離してくださらないっ!
焦ったように見上げると、圭介さんは前を向いたままで。
何も言わず、ゆっくりと歩いていく。
うわぁっ、何これっ。
人に手を引かれて歩くなんて経験、しかも相手が男の人って、ありえないんですがぁっ。
その時、丁度近くを歩く女性と目が合った。
おばさま二人組。
その人達は、圭介さんと私を交互に見ながら、あらあらとか話してる。
うっわ、絶対……
――あらあら、若いっていいわねぇ
――見てるこっちが恥ずかしいわぁ
……とか、言われてるんだ!←いつの時代(笑
どんな羞恥プレイだ!
私は掴まれている手を引っ張って、圭介さんを呼ぶ。
「圭介さん、離してっ」
「ん? ダメだよ、今、お仕置き中だから」
――
「は?」
なんか、今、圭介さんから発せられないような言葉が聞こえたような。
思わず聞き返すと、くすくすと笑う圭介さんが握っている手を持ち上げる。
「敬語。止めようって言ったのに、今日は朝から使ってる。気付いてたかな?」
敬語?
えーとえーと、使ってたような……? よくわかんないんですけど!
「それにしても、お仕置きって……」
言葉が怪しいとか思っちゃう、私が怪しいですかっ?
「だって、言うこと聞かない生徒には、お仕置きだよね?」
生徒って……
「いや、学校では言わない方がいいですよ、その言葉」
「そう?」
「はい、確実に」
耳年増なイマドキの子には、違うお仕置きだと思われますよ。
しかも、お仕置きを強請られるかもですね。
圭介さんはくすくす笑いながら、ゆっくりと散策路を歩いていく。
「……まぁ、分かって言ってるんだけどね。由比さん限定で」
「え?」
何とかして圭介さんの手を取ろうと格闘中だった私は、最初の方の言葉が聞こえなくて顔を上げた。
「何が、私限定なんです?」
見上げた先の圭介さんはほんわりといつもの笑みを浮かべていて、なんでもない、と言ったっきり私の手を握ったまま前を向いた。