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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
46/153

20

翌日は、カレンダーどおりの休日を持つ社会人が今か今かと待ちわびる週末。

土曜日。

そんな幸せな日の私の寝起きは、最低だった。


ベットから上半身だけ起き上がって、肘をつく。

片手を伸ばして開けたカーテンの向こうには、真っ青な空。

所々浮かぶ雲も、とても綺麗。


「起きなきゃ……」


霞む目を擦りながら、既にお昼近い時間にベッドから這い出した。



簡単に身支度をして、冷蔵庫からペットボトルの紅茶を取り出す。

そのまま窓を開けると、目の前には日の光に照らされる川面。

水面がキラキラと光ってる。

「あぁ、綺麗だな……」

誘われるように、ベランダに立った。

ペットボトルを開けて、紅茶を一口飲み込む。

喉を流れる冷たい紅茶が、少し頭をすっきりとさせてくれる。

「もう……、嫌だな」

ベランダの手すりに両腕を置いて、その上に顔を伏せる。

脳裏に浮かぶ記憶に、苦しくなって目を瞑った。

何で、気付くのがいつも遅いんだろう。



「おはよう、由比さん。もう、お昼だけどね」

隣から掛けられた声に、顔を上げる。

そこにはベランダに背をつけた、圭介さんの姿。

私は手すりにおいていた両腕を解いて、だらりともたれかかる。

「じゃあ、こんにちはですね」

そう言って笑うと、圭介さんが目を細める。

「何かあったの?」

……今の独り言、聞かれた?

心配そうな表情に、慌てて頭を振った。

その隙に、顔にいつもの笑みを貼り付ける。

「何も無いですよ。あ、いいことならありました!」

「いいこと?」

不思議そうな声に、今度は頭を縦に振る。

「先週の悩み、解決したんですよ。本当にありがとうございました」

圭介さんは少し驚いたように、そうなんだ、と呟く。

「いや、私は何もしてないよ。でも随分悩んでいたみたいなのに、よかったね。そんなに時間掛からずに解決して」

「何言ってるんですか、凄くおいしかった。奢ってもらった和食屋さん」

先週翔太を迎えに行って食べに行ったのは、少し離れた場所にある和食屋さんだった。

まぁ、翔太はがっつり肉食べてたけどね。

雑炊のついたミニ会席をご馳走になって、少し疲れていた胃にはとても優しい食事だった。

圭介さんは嬉しそうに目を細めると、それはよかったと口を開いた。


「今日は、由比さんはどうするの?」

温かくなってきたペットボトルを手のひらで転がしながら、うーんと唸る。

「買い物、かな。冷蔵庫の中、補充しなきゃだし」

今日も夕飯のおかずを持っていくつもりだから、それもあわせて買わないとね。

「私も買い物に行くから、もし良ければ一緒にどう?」

さらりと誘ってくれる圭介さんに、思わず苦笑する。

「またぁ、過保護光臨だ。一人で行けますよ買い物くらい。そんな、休みの日まで圭介さんに迷惑かけられないし」

笑いながら手を振ると、すっごくにこやかな笑みと顔が合いました。

「由比さん」

その声は、笑っているのに強い。

「あ、あれ?」

何か怒らせちゃったかな……?

圭介さんはその笑みのまま、腕時計を私に向けた。


「三十分で用意、できる?」

……

「え?」

さんじゅっぷんって?

意味が分からず目で問いかけると、圭介さんはにっこりと笑う。


「三十分後、ドアの前で。遅れたら……さて、どうしようかな?」

その語尾は、なぜか楽しそうに上がっていて。

思わず口を噤んだ私は、どたばたと部屋の中に駆け込んだ。





「さすが由比さん、五分前行動は社会人の鉄則だね」

どたばたと大きな音をさせながら部屋のドアを開けると、既に圭介さんは自室のドアに寄りかかっていて。

ほんわかと笑いながら、ドアから背を離す。

そしてドアを開けたまま肩で息をしている私の傍に立つと、開けたままのドアに手を置いた。

「はい。ゆっくりでいいから、戸締りガス・湯沸かし器。もう一度見てきて? ごめんね、私が急がせてしまったから気になって」

「へ?」

やっと静まってきた呼吸に一息ついて圭介さんを見上げると、ね? と爽やかな笑顔が返ってきました。

「……はい」

まったく、過保護な上に心配性だ。

圭介さんの言葉に素直に頷くと、履いていた靴を脱いでもう一度戸締りを確認。



「お待たせさまでした」

全てを確認し終えてから部屋を出ると、車の鍵を手にした圭介さんが背をつけていたドアから重心を戻す。

「じゃ、行こうか」

「はい」

歩き出す圭介さんの後ろから、パタパタとくっついていく。

「そういえば翔太はどうしたんです?」

土曜日なのに、いないとは。

圭介さんは振り返らずに、階段を降りていく。

「今日は、学祭の準備で学校に行ってるんですよ」

「なるほど」

だからいないのか。

そう納得しながら階段をおりきると、駐車場に停まっている車の助手席のドアを開けた。


圭介さんの車は、おいしそうなラムネの匂い。

どんな芳香剤か知らないけれど、翔太が面白がって無くなると買ってくるんだそうだ。

圭介さんは特にこだわりがないらしく、というか翔太が凝り始めるまでは何も置いていなかったと言っていた。

仕事が終わって車に乗ると、この匂いを嗅いでお腹がすくとも。

胃の辺りが動いた気がして、思わず手で押さえる。

……確かにそうかも。


「どうしたの? 由比さん」

思わず苦笑したら、たまたま信号で止まった圭介さんが私の行動に気付いたようだ。

私はおかしくない動きで胃に当てていた手を下ろすと、なんでもないと頭を振る。

「お弁当のおかずとか、夕飯とか、何かリクエストないですか?」

「ん? リクエスト?」

「そう。何が食べたいとか、あ……あれは嫌いとか?」

あぁ、と納得したような圭介さんが口を開く前に、言葉を遮る。

「なんでもいいは、ダメですからね。一番、それが難しいんですよ」

少し口を開けたまま、ぱちぱちと瞬きをして圭介さんはくすりと笑った。

「お母さんみたいだね、由比さん」

「……二十二歳で、十八歳と二十八歳の子持ちですか? 手が掛かりますねぇ」

「ははっ、実際手が掛かってるでしょ」

そういいながら、信号が変わったのか車が動き出す。


「ちなみに翔太は、甘くない卵焼きって言ってた」

家庭によって違うからね、卵焼きの味って。

だし、しょうゆ、砂糖。

ちなみに、私は出し巻きが一番好き。

圭介さんは前を見たまま、甘くない奴ね、と同じ言葉を口にする。

「そういえば翔太の母親が作る卵焼きは、確かに甘くなかったからね。うん、由比さんの作る出し巻き玉子に似てる」

「……じゃあ、翔太の口にもあったかな?」

「由比さんの作るご飯はおいしいから。翔太もだろうけど、私も好きだよ」

「よかった。そう言ってもらえると、作りがいがある」

ご飯を作って食べてもらう事、本当に嬉しいんだ。


「で? 圭介さんの好きなものは?」

最近、おかず考えるときに悩むから、聞いておかないと。

すると圭介さんはそうだなぁと呟きながら、ハンドルを左に切った。

「何でも食べるけど……、肉じゃが?」

その言葉に、思わず噴出す。

「なんですか、そのテンプレ! 肉じゃがに騙される男でしたか、圭介さん」

「聞いておいて何かな、その言い方。いいじゃないか、煮物が好きなんだよ」

少し言葉遣いがいつもと違うのは、照れ隠しなのか。

止められない笑いにお腹を押さえていたら、ふと知らない風景が目に映って顔を上げた。


「あれ? いつものスーパーに行く道じゃないですよね?」

「たまには、違うところでもいいかなと思って。まぁ、楽しみにしてて」

「楽しみ?」

スーパーに楽しみ?


一瞬傾げそこなった首を、ピンッと伸ばす。

「お買い得品!? お買い得品ですか、もしかして!!」

お買い得、セール、バーゲン! どれも大好物な言葉ですっ!

「あはは。本当に面白いね、由比さんは」

目を細めて言わないでください。

なんたって……


「主婦にとって、セールは正義です!」

そう拳を振り上げながら、いつの間に主婦になったっけ? と内心首を傾げた、上条 由比 二十二歳 独身 ある土曜日の午前中のことでした。




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