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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
44/153

18

「これは、どーいうことだろう」

呆然と、立ち尽くした。


前日、目に見える範囲しか出来なかった片付け。

翌朝来てみると、なぜか長机が二つ置いてあった。

そしてその上には、種類別に分けられた書類。

慌ててスチールラックの後ろに回ってみれば、そこは綺麗に片付けられていた。

てことは、長机の上に置いてある書類は、ここにあったもので。

てことは、誰かが片付けてくれたって事で。


……


「てことは、こんだけ汚くした管理責任者の私は、始末書ものですか!!」

バレたの!? 誰かにここの惨状がバレたのーっ!!?

いや、私がやったわけじゃないんだけど。


ぐるぐると頭の中で始末書のレイアウトを思い出しながら、私は叫んだ。


「私、悪くないのに!!」


「だね、悪くない」

「……!!」

いきなり声を掛けられて驚いた私は、両手を上げて後ろを振り向く。

そこには、スーツ姿の工藤主任。

「……また朝から外回りですか?」

でかい声を上げた恥ずかしさから、つい早口になってしまうのは許してください。切に。

工藤主任はくすくす笑いながら、倉庫のドアを閉める。

「いい反応してくれるねぇ、嬉しいわー上条さん」

そう言いながら、下げるのを忘れていた私の両手を掴んで下に降ろした。


……すみません、私は嬉しくないです

って、一体何の用があって……っ



そこで気付いて、勢いよく工藤主任を見上げた。

「もしかして、工藤主任ですか? 片付けてくれたの……」

途中から視線を後ろの長机に向けると、それに気づいた工藤主任は机の上にあった書類を一枚ぺらりと指先で摘み上げる。

「さぁねぇ。小人さんじゃない?」

「……工藤主任って、そーいう人だったんですか」

まともな人だと思ってました、そう続けると摘んでいた紙を元に戻して上着を脱いだ。

「そーいう人だったんですよ、さぁ小人さんの続きをとっととやってしまおうか」

明らかに誤魔化そうとしているに、不安がよぎる。

「工藤主任? もしかして……」

「俺は言ってないよ」

「……」

やっぱり、これ……

口を噤んで、長机に視線を向ける。

桐原主任に、ばれた……んだよね。きっと。


「工藤主任じゃなければ、誰が……」

「俺はこれをやった奴のこと、口にしてないけど? 君の憶測で話を進めちゃだめだよ」

脱いだ上着をドア横の机に置くと、Yシャツの袖を捲り上げながらくすりと笑う。

「でもその憶測は百パーセント当たってますよね? 工藤主任」

脱力しそうな身体を長机に凭せ掛けながら、同じ様に袖をまくる。

それを見ながら工藤主任は、手前の紙の束を手に取った。

「俺は言ってない。誰も言ってない。さて、一時間だけ手伝うわ。今日も元気に営業なんだよねー」

もうこの話は終わりとでも言うような口調に、思わず苦笑する。

「憶測だからと、前置きしておきます。ありがとうございました、工藤主任」

きっと桐原主任だけじゃない、工藤主任も昨夜の小人さんの一人なんだろう。

「小人さんも頑張った甲斐があったと思うよ。じゃ、はじめようか」

もうその言い方で、分かりますよ。

「はい」

頷いた私はもう一度お礼を言ってから、書類の仕分けを始めた。





「あら? 早かったわね、由比」

お昼時間の終わり頃総務に戻ると、桜が少し驚いたように私を見た。

それはそうだろう。

三日ももらっている掃除時間。昼も別々に食べようと言っていたのに、そんな私が着替えも終えて戻ってきたのだから。

桜の声に、机に鞄を置いてその中からランチバッグを取り出した。

そして室内に桜しかいないのをいい事に、行儀悪く机に浅く腰掛ける。

「小人さんが途中まで手伝ってくれたんだ」

「小人さん?」

「うん、昨日も小人さん達が書類を纏めておいてくれたみたいでさ。もう片付け終わっちゃった」

「小人さん……」


私の言葉に考えるように顎に指先を当てていた桜は、くすっと笑ってPCの電源を落とした。

「詮索はやめておきましょ。想像はつくから。お昼、行く?」

「うん、二日ぶりの陽の目だわ」

総務のチーフが戻ってきたところで、私達は昼を食べに課をでた。

そのままエントランスに行くと、丁度外に食べに行っていた人たちが帰ってきたところだったらしく、なんだか好奇な目で見られてるのがばしばし伝わってくる。

思わず身長に物を言わせて桜の前に隠れたら、お腹が無理ねぇと摘まれた。

それを外しながらむぅっと睨むと、桜は面白そうに口元を押さえて笑う。

「由比ってば、人気者」

桜が少し呆れたように笑いながら、こっちを見ている社員達を盗み見ていて。

私は振り向きもせず、エレベーターが降りてくるのををじっと待つ。

「こんなことで、人気者になんかなりたくなかったけどね」

はぁ、と溜息をつくと丁度エレベーターが上から降りてきた。

ゆっくりと開く扉をぼやっと見ていたら……


「あ」


中にいた人と目が合って、お互い固まる。


「あら、上条さん」

固まっている人の後ろから、皆川さんがその人を避けるように前に出てきた。

「あ、あ……と皆川さん、こんにちは」

皆川さんは艶のある唇で綺麗に弧を描くと、目を細めて笑う。

「こんにちは。今からお昼?」

「はい」

そう、と言いながらどいてくれたけれど、もう一人の人間が壁になっていて入れない。

「……、桐原主任どいていただけますか?」

少し眉を顰めた桜が、固まっている人間――桐原主任――に声を掛けた。

「んあ、あぁ」

桜の声に頷くと、ぎこちない動作で横に退いた。

そこで、ふと考える。

とりあえず内容言わないまでも、お礼はしといたほうがいいのかな。

昨夜の小人その一に。

さらっと言えば、後ろの社員達にはバレまい。

「失礼します……、あの……ありがとうございました」

そう言って横を通り過ぎようとしたら、桐原主任の目が一瞬後ろに向けられて次の瞬間低い声が聞こえてきた。

「面倒だから、俺に話しかけんなよ」

しかも、結構なでかい声で。

思わず、既に通り過ぎた桐原主任を振り返る。


目が、合う。


けれどすぐに前を向いてしまい、私の目にはその背中しか映らない。

横で、皆川さんが目を丸くして見開いているのが少し見えたけど、桐原主任の表情は窺えない。

そのまま、エレベーターのドアが閉まった。

独特の浮遊感が、身体を襲う。

ゆっくりと、エレベーターは三階へと向かって上がっていく。




「びっくり、した」

思わず、呟いた言葉はこれだった。

「そうね。流石の私もびっくりよ」

くすりと笑う桜に、視線を向けて苦笑する。

「桐原主任って、ホント良いも悪いも直情型だね」

「でも、一応周りは信じるかもね。あの人、嘘をつけないの、有名だもの」

「……やっぱり、そういうことだよね」

「あら、由比もそう思ったから……」

桜がエレベーターが開く直前、私の頬を撫でた。

「いたって普通の表情なんでしょう?」

開いたドアから、三階に降りる。

そのまま屋上に出る階段を上がりながら、ランチバッグを持ち直した。



屋上に出ると、昼休憩がもう終わるからか誰もいない。

それでも周りを見渡して確認してから、いつもの場所に腰掛けた。


「きっと、桐原主任。今頃落ち込んでるんでしょうねぇ」

早々にお弁当を広げた桜が、おかずを口に入れる。

それに頷きながら、私もお弁当を広げた。


「ホント……、気付いてしまえば分かりやすい性格なんだよね」

あの人。

今まで桐原主任に対して感じたことのなかった感情……それは恋愛感情ではなく……、年上だというのにまるで弟を見るようなその気持ちに、正直笑いが漏れた。




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