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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
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16


叫んだからか、喉が少しひりひりと痛む。

けれどそんなことは、どうでもいい。

昂ぶる感情が、彼女の足音を高くする。



好きな子を苛めるというイマドキの中学生でもやらないような感情表現で、上条さんに接していた桐原。

やっとその想いを彼女に伝える事ができて、桐原を傍で見てきた皆川はたとえ思いが通じていなくても心底ほっとしたし嬉しかった。

なのに。

翌日から、今までの態度を百八十度覆すような桐原が誕生してしまった。

ぶっきらぼうな言葉遣いやからかうスタンスは変わっていないにしろ、上条さんを見るその雰囲気はとても甘い。

周りから見て、一目瞭然。

桐原が総務課の上条由比を女性として気に入っているという噂は、翌日の昼までには女性社員の間を駆け抜けた。

恋愛感情の範疇外だと思われていた彼女だったのに。

それだけに今までまったく眼中になかった由比の存在に、桐原に目をつけていた女性社員が一斉に嫌がらせを開始したのだ。


それは備品発注などで上条さんの仕事を増やすという子供っぽい悪戯だが、やられるほうはたまったものではない。


皆川も心配して由比に声を掛けていたが、余計な事をすれば嫌がらせがエスカレートするから何もしないで欲しいと頼まれてしまった。


由比の言いたい事も分かる。

大体嫌がらせをしていることからして、やってるほうは自己中心的な性格をしているのだろう。

由比を助ければ助けるほど、余計、感情を逆なでしてしまうかもしれない。

だから内心もやもやしながらも、桐原にも言わず、気付かれない程度にフォローするしかなかったのに。


「あの馬鹿……」


我慢できなくなって、思わず呻く様な声が口から漏れた。

事務課の廊下ならいざ知らず、営業部の廊下で由比の名前を口にするなんて。

営業部のある階には、広報部も企画部もある。

タバコを吸う人達の為の、喫煙室もある。

どこで誰が聞いているのか、分からないのに。


現にその後すぐ、社食で昼食を終えて同僚と珈琲を飲んでいた皆川の耳に、届いたのだ。


――桐原主任がわざわざ営業まで来て、上条さんの事聞いてたよ。何か調べてるんじゃない?


楽しそうにこそこそ話をするそいつらを、どれだけ怒鳴り飛ばしたかったか。

他人ごとだと思って、面白そうに話すんじゃないわよ、と。

でもそれ以上に、桐原を怒鳴りつけたかった。

そしてそれを止めなかった工藤も。


とりあえず……と、社食をでてすぐに工藤に連絡した。

状況を聞こうと思って。

でも。

そこで知る事になる。

倉庫の惨状と、朝の由比のことを。


――俺は倉庫の事を、桐原に言わない、と彼女に約束させられたから、何も出来ない。

……言いたいこと、分かるか?


話の最後に言った、工藤の言葉。

皆川は頷いて即答した。


――分かってるわよ



倉庫の事、私は口止めされてないからね。

かといって、一から十までは話さない。

これ以上、桐原に幻滅させられたくなかった。


「ヒントはあげたからね。あとは、自分でどうにかしなさい」


そう呟くと、皆川は駅へと続く道を歩いていった。






その頃、桐原は使用済みのプリンターのトナーを持って、非常階段を降りていた。

皆川に怒鳴られた後しばらく呆然と立ち尽くしていたが、そんなことをしていても何も変わらないと、とりあえず皆川に言われたことに手をつけた。


一体、なんだったのか……


階段を降り終え、廊下の奥にある備品倉庫のドアを開ける。

地下という事もあって、比較的ひんやりとした空気が漂っていた。

「久しぶりに来たな」

思わず独りごちりながら、入って奥にあるトナーが積まれている場所に近寄った。

備品倉庫は、ほとんどくることがない。

備品を取りにくるのは、基本、役付きの人間はしないことだからだ。

そうじゃなくても、プリンターのトナーを変えに来る以外、ここには用事がない。

たまに、資料を取りにくるくらいで。


各々の課にはスチールラックが置いてあって、そこに過去三年分の資料がおいてある。

この倉庫はそれ以上前の資料が、鍵付きのラックにしまわれていた。

そんな昔の資料、ほとんど使わないし。


そう思いながら新しいトナーをドアの傍に置いて、資料のあるスチールラックに歩み寄る。

それは二つ向き合わせになっていて、人事課の資料は裏向きの方。

少し狭くなっているその場所に足を踏み入れて、桐原は動きを止めた。


「なんだ……、これは」


思わず出た言葉は、桐原の思考そのままを表していた。



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