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一方的にしゃべってくる翔太に相槌をうちながら、アパートの階段を上る。
「あぁ、上条さん……て、あれ翔太?」
その声に顔を上げると、丁度部屋に入ろうとしている圭介さんがこっちを見ていた。
「もしかして一緒に行ってもらったんですか? ご迷惑お掛けして……」
慌てて走りよってくる圭介さんに、笑顔を返す。
「いえ、とんでもありません。丁度私も行くところだったので」
「そうなんですか? ありがとうございます」
そう言って、部屋へと歩き出す。
「男手一つで育てている所為か、どうにも……」
「あ、いいえそんな。お気になさら……ず……?」
圭介さんの言葉に答えていたら、ふと違和感。
「どうされました?」
いきなり黙った私を不思議そうに伺う圭介さんにどう答えるべきか考えたまま、足は自分の部屋に向かってて。
黙々と歩きながら、家の鍵を取り出す。
「上条さん?」
その声に、鍵を開けてドアノブを引きながら顔を向ける。
聞いておくべき……?
踏み込みすぎ……?
「あの……」
黙ったままの私に声を掛ける圭介さん。
……うん、聞いちゃえ。
「……圭介さんて、おいくつなんですか?」
歳ですか? と、困ったように首をかしげた圭介さん。
「今年二十八歳になりますが」
丁寧に教えてくださいました。
――翔太は、十八歳
――圭介さんは、二十八歳
「……十歳の時の……?」
「え?」
ぼそりと呟いた声に聞き返されたけれど、驚愕の事実に私はドアを開けて部屋に入った。
――つもりだった
閉めようとしたドアを引かれて、よろけた身体を後ろから伸びてきた腕に肩を引き寄せられる。
「こら、翔太!?」
慌てたような圭介さんの声と、足音。
背中に感じる温かさに、びくりと身体が震える。
「あれぇ? 子供だから大丈夫なんじゃないの?」
意地悪そうな声が、耳元で聞こえる。
「ちょっ、離してっ」
「えー、さっき俺が頼んだとき離してくれなかったじゃない。すっごい切実だったんだよ、あん時の俺のじょうた……」
「翔太!!」
圭介さんが引き剥がすように翔太の腕を掴み上げて、私の身体を開放してくれた。
振り返ると、口を尖らせた翔太と腕を掴む圭介さん。
「ホントすみません、ほら翔太。謝りなさい」
促すように背中を叩くと、翔太は圭介を見上げた。
「でもこのままじゃ、圭介は十歳で父親になったすげー人になるよ」
「……」
しん、と静まり返りました。
弾かれた様に私に向き直った圭介さんは、がしっと両肩を掴むと「違います!」と叫んだ。
「え?」
だって、翔太のお父さんなら……
疑いの目のまま見上げると、圭介さんは焦ってるのか凄く真剣な表情。
「翔太は年の離れた弟です。私の子ではなくて」
「え?」
年の離れた、弟?
「だって、男手一つでって……」
「それは」
「ていうかさー」
私の言葉を、翔太の声が遮った。
肩に手を置かれたまま、二人でそっちを見る。
翔太は手に持った買い物袋を少し持ち上げて、肩を竦めた。
「腹減ってんだけど。昼、食おうぜ?」
そう言って、玄関先から顔を部屋のほうに向けた。
「すげぇいい匂いするんだけど、シチュー?」
その声に、頷く。
「うん、さっき作ってたから……」
「だから、由比、いい匂いしてたんだ」
ちょんちょんっと指先で首筋を叩かれて、首を竦める。
「もしかしてさっき、匂い、嗅いでたの……?」
さっき、スーパーで接近してた時……
「うん。いい匂いするから、何かと思って」
それがシチューの匂いって、どれだけ色気ないわけ? 私。
女としてどうよ。
がっくりヘコんでいたら、
「ね、食わせて。由比」
と、そのまま部屋に上がろうとするのを圭介さんが引きとめる。
「勝手に上がるな、女性の部屋に。すみません、あの、お話は食事の後にでも」
「えぇっ? シチュー食いたいっ」
「うるさい、行くぞ」
言い合いながら出て行く二人に、慌てて声を掛けた。
「あのっ。よければ、食べますか?」
「え?」
「食う!」
喜ぶ翔太と戸惑う圭介さん。
そりゃそうだよね、私もさすがに部屋には上げないでしょ。
「川の土手のところに、休憩用のベンチと小さなウッドテーブルが置いてあるんです。アパートの大家さんが、設置してくださったんですけど。そこでお昼食べませんか?」
嬉しそうに頷く翔太と、困ったような笑顔の圭介さんは、なんだかどちらも可愛かった。