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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
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12

「おはよ、由比。あんたの今日の仕事は遊びに行くこと?」

翌朝ロッカーで着替えてきた私は、丁度出勤してきた桜に呆れた目を向けられた。

まぁ、言われても仕方のない格好だけど。

視線を下に向けて、自分の格好を確認する。

長袖のロングTシャツに、ジーンズ。

ギャルソンエプロンをつけて、そこにカッターやマジックペンを装着。

まるで、引越しをこれからしようとする人。


私は苦笑いしながら、桜を見る。

「そ、倉庫っていう場所で、お片づけって言う遊び」

「なるほど」

途端、呆れの色はすぐに消え、ふぅ……と息を吐く。

椅子に座った桜は、鞄の中からちいさな紙袋を取り出して私に差し出した。

「はい、おやつ。遊びの途中で、食べて頂戴」

「?」

手のひらを差し出すと、そこに置かれる茶色の紙袋。

何? と視線で訴えると、PCを立ち上げ始めた桜は私の方を見ずに口を開いた。

「前にあげたチョコ。おいしいっていってたから、また持ってきたの。手伝ってあげられないから、せめて……ね」

「ありがと。じゃ、行ってくるね」

そう告げると、課長に頭を下げて総務課を出た。




うちの社内に倉庫は三箇所。

二階と三階と地下。

基本的には階ごとに担当が決まっていてそれを補助する形で管理を手伝うけれど、地下のみ私がメインで管理している。

荒れているのは、そこ。

ほとんど社員と言っても役付きじゃない、私と同じ下っ端の社員が出入りする場所だから、格好の餌食になったらしい。

少しくらいの汚さなら業務の合間に片付けるけれど、書類仕事に振り回されていてこっちに手が出せなかった。

そしたら物の見事に、嵐の後の状態。

一応課長に申告して(もうどうにもならないと思ったから)、一日、倉庫の整理に時間をもらった。

この格好も申告済み。

この倉庫をぐっちゃぐちゃにしてくださったおねーさま達を庇う気持ちは、毛頭ございません。

課長に気付かれないようにこっそりなんて、絶対無理。

ばれたくなかったら、私ひとりの手に余らない感じで荒らしてください。


一階奥の非常階段から、地下に降りる。

ここは社員の地下駐車場になっていて、自動ドア越しに何台もの車が止まっているのが見える。

中には白いバンもあって、これは多分営業とか広報とかが使う社用車なんだろう。

それを横目で見ながら、奥にある備品倉庫のドアを開けた。


視界に広がる、めちゃくちゃな状態。

これ、片付けんの……?

くらりと眩暈がして額を押さえながら後ろによろけたら、なぜか身体が何かに当たって止まった。

「……っ」

驚いて顔を上げると、

「これはまた、凄い惨状で」

「工藤主任っ!」

慌てて目の前のドアを閉めた。


大きな音が、廊下に響く。

部屋の中を見た時よりも目を見開いた工藤主任が、私を見下ろしていた。

「上条さん?」

それは怪訝そうな声音で。

しまった、と振り向けていた顔を前に戻した。

こんな態度とったら、おかしいって思われる……っ。

「うん、とりあえずドアを開けようか」

工藤主任の声に、肩を震わす。

この態度の後で、この部屋を見せる勇気が私には……

ドアノブを掴んだまま硬直していたら、その手に工藤主任の右手が重なった。

「ちょっ、あのっ」

「ん、何? 俺はこの部屋に入りたいだけなんだけど」

パニックになっている私を尻目に、手のひら越しに力を込められてドアノブが回っていく。

見られたくないっ、特に工藤主任には……!

懸命に手を動かさないように力を入れたけど、無駄だった。

ガチャリと金属の軽い音がして、簡単にドアは内側に開いていく。

そこでやっと手を離されたけれど、肩を押されて倉庫の中に促された。


「もう、観念しなさい」


猶も外で踏みとどまろうとしたけれど、強く背を押されて工藤主任と共に倉庫に入る。

工藤主任がつけた電気に晒された倉庫は、本当にぐちゃぐちゃだった。

散乱した使用済みファイル。

積み上げられていたはずのダンボールは、崩れていて。

使用済みトナーが置かれている場所は、残っていたインクが零れたのか床に黒い染みを作っている。

「駐車場にいたら上条さんが私服で歩いているの見かけて何事かと思ったけど……、片付けのためね。納得」

工藤主任はそう言いながら立ち尽くしたままの私を置いて、スチールラックの後ろを覗き込んだ。

「うわぁお、見えないところが一番酷いかも」

驚いたような呆れたような、そんな声。

私はそんなことでは驚かない、既に確認済みだから。

ふぅ、と息を吐いて顔を上げた。

そこには、丁度ラックの後ろから戻って来た工藤主任の姿。

口調とは違い心配しているようなその表情を見て、私は顔に笑みを浮かべた。


「ばれちゃぁ仕方ないですね、工藤主任」

へらりと笑うと、工藤主任は少し驚いたように瞬きをして苦笑した。

「開き直った?」

言いながら、傍まで歩いてくる。

私は少し距離を置きながら、腰に両手を当てた。

「見られちゃったら、開き直るしかないじゃないですか。どうせ、原因もお見通しなんですよね」

「そりゃあ……、まぁね」

困ったような表情で、両腕を前で組む。

ぐるりと倉庫の中を見渡してから、もう一度私を見た。

「桐原だろ? 原因」

「やっぱりお見通しですね。てことで、工藤主任にお願いが」

「? お願い?」

少し首を傾げる仕草に、私は大きく頷いた。

「桐原主任には、内緒の方向で」

「は?」

ぽかん、と口を開けた工藤主任は、ちょっと間抜け顔。

そんな状況じゃないのに、それに微かに笑む。


「いや、これは桐原に言うべきだろ。ていうか、もしかしてこんな事結構あるわけ?」

「まぁ、倉庫は放っておいたんでこんな状況ですが、書類や備品関係は結構。でも、別にいいんです」

苦笑する私に、工藤主任は数歩こちらによってまっすぐに私を見下ろした。

「笑う状況じゃないだろう? ただの妬みじゃないか、上条さんが許す事じゃないだろ?」

その目は、少し怒っているように見える。

心配して、怒ってくれる。

この人も、優しいんだなぁ……。

「許してませんし、庇うつもりもありませんよ。ただ、桐原主任に知られたくないだけです。面倒ごとになりそうじゃないですか」

「面倒ごと?」

不思議そうに聞き返してくる工藤主任の言葉に、深く頷き返す。

「考えなしにこれやったおねーさん達のトコ、行っちゃいそうじゃないですか。証拠も何にもないんだし、何よりも原因である桐原主任がそんなことしたら、余計やっかみが酷くなります」

「考えなしにって……、でも確かに。あいつ、直情型だからな」

否定しようとしたけれど無理だったらしく、う~ん……と唸る。

「だから私一人で対処できる事ならやりますから。これ以上酷くなったら、仕事にならないんで総務課長に話を上げますけどね」

にこりと笑いかけると眉を顰めていた工藤主任は、大きく息を吐き出した。


「さっきは凄く怯えていたからどうにかしてやらないとって思ったけど、意外と上条さん強いね」

「分かってもらえましたか?」

「うん、理解は出来た。でも、納得はしないかな。俺は桐原に言いたい」

何満面の笑みで人の言った事否定してるんですかっ。

「言わなくていいですからね? っていうか、言わないでくださいね!?」

工藤主任は困ったように首を傾げながら、ドアに向かう。

その後ろから懸命に声を掛けるけど、まったく振り向かない。

「工藤主任!」

ドアノブに手を掛けたところで叫ぶと、やっとこっちを向いてくれた。

「言わない。けど、桐原は現状を知るべきだ。上条さんが隠せば隠すほど、桐原は情けない奴になるだけなんだよ?」

「工藤主任……」

「それじゃ、ね。俺、今から外回りなんだ」


言いたいことだけ言って、工藤主任は倉庫から出て行った。

しばらくして聞こえてきた車の発進する音に、私の身体から力が抜けた。



隠せば隠すほど、桐原主任が情けない奴になるだけ?



工藤主任の言った言葉がぐるぐると頭を回って、しばらく私は立ち尽くしていた。




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