表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
36/153

10



恐る恐る振り返ると、すぐ傍に桐原主任の姿。

いかにも不機嫌そうな顔を、私に向けている。


なんとなくじりじりと後ろに下がりながら、ヘタに刺激しないように引き攣りながら笑みを作った。

「帰ったんじゃなかったんですか、主任」

もう一時間は経ってますよ、主任!

桐原主任は後ろに下がろうとする私の腕を掴むと、口を開く。

「お前、何を隠してる?」

「何も」

反射で言った答えは、桐原主任の不信感を煽っただけのようだ。

眉を顰めていた表情は、いつの間にか眉間に皺を刻んでる。


「隠し事をしたいのなら、相手に見抜かれないくらい完璧な嘘をつけ。それが出来ないなら、正直に話せ」

「桐原主任に言いたい事は、何もないです。大丈夫ですから、離してください」

あまりにも頑なな態度だって、分かってる。

本当は、言いたいしどうにかして欲しい。


でも、絶対。これだけは、絶対。


桐原主任に助けを求めた時点で、嫌がらせは絶対エスカレートする。

しかも、私が桐原主任を好きなら我慢するけど、そうではない現状。

助けを求めるのは、きっと間違ってる。


「本当に大丈夫です」

とどめとばかりに冷たい声音をだすと、私の腕を掴む主任の手に力が入った。


「上条っ!」


荒げられた声と、掴む手の強さにびくりと震える体。



途端――



「前に警告しましたよね? 女性に対しての行動は、よく考えてください……と」



ふわり……、と肩を引き寄せられて後ろに身体が傾ぐ。

そのまま、温かいものが背中に触れて身体は止まった。

いつの間にか、桐原主任の手が私の腕から外れてる……。


「……圭介……さん?」

顔を上げると、圭介さんの顔があった。

顎から喉仏のラインがよく見える。

で、背中があったかい。


……


「わっ、ごっごめんなさ……っ」

背中を圭介さんに預けるかたちで支えられている事に気づいて、慌てて離れようと足に力をこめる。

すると肩に乗っていた圭介さんの手に力が入って、押し止められた。

さっきよりも強く、圭介さんに寄りかかる。

「……いいから」

その声はいつもの優しい声音だけど、お説教の時のような有無を言わせない響きを持っていた。

口を開きかけて、俯く。


正直、圭介さんの体温に強張っていた身体がゆっくりとほぐれていたから。



桐原主任の声に、“怖さ”を感じていたから。

どうしようもない今の現状に、辛さを感じていたから――


――その温もりが、優しくて



「……上条と話がある。少し外してくれないか?」

桐原主任の声に、無意識に肩を竦めてしまった。

こんなことしたら、桐原主任が余計気にするのに……っ。

「……今日はお引取り願えますか? 由比さん、疲れているようですので」

「上条」

圭介さんが断っても、当たり前だけど桐原主任は私をじっと見ていて。

私からの返事を待ってる。



……分かってる。

言葉遣いはぶっきらぼうで、短気で、すぐ怒鳴るけど。

根は、優しい。研修の時から、それは知ってる。


きっと、いつかは桐原主任の耳にも入るだろう。

根が優しい主任は、傷つくかもしれない。

桐原主任が、何か行動を起こしたら。

例えば、嫌がらせをしてくる社員に何か言いにいったら。


今よりも、数段苦しい状況に陥る事は目に見えてる。




――そんな状況、会社で作りたくない……




「……すみません、主任。残業で疲れているだけなんです。帰らせてもらってもいいですか?」

何か言いたそうだったけれど、桐原主任は息を吐いて頷く。

「分かった」

それだけ言うと、踵を返して改札の向こうへと消えた。


いつもより早足で。

いつもより大股で。





「……行こうか、由比さん」

桐原主任の後姿が見えなくなった後、肩に置かれた圭介さんの手がぽんぽんと軽くバウンドした。

その優しい感触に、ほっと息を吐く。

「うん。ごめんね、圭介さん。迷惑掛けて」

背中に添えられた手に促されるように、ゆっくりとロータリーへ歩き出す。

圭介さんは私の言葉に頭を横に振ると、息を吐き出した。

「いや、ちょっと図々しかったかな? 本当は桐原さんと、何か話があるんでしょう?」

「……何も」

「本当に?」

「話す事は、ないです」



俯いた私の頭の上で、ため息をつく微かな音。


圭介さんは車の鍵を開けて乗り込むと、助手席に座った私ににっこりと微笑んだ。

「今日は夕飯を食べに行こう? 奢るから」

「え?」

驚いて聞き返す私を尻目に、圭介さんはスーツの内ポケットから携帯を出す。

「ちょ、あの圭介さん?」

「うん? 何食べたい?」

「いえ、そーじゃなくて……」

そんなことを言っている間に、携帯は誰かを呼び出していて。

「圭介さ……」

「あ、翔太か? お前、今何処?」

携帯の相手は、翔太らしく。


「クラスの子の家? ん、あぁそこか。なら今から迎えに行くから、校門の近くで待ってなさい。ん? たまには外食したくないか?」

圭介さんの言葉に、携帯から翔太の喜ぶ声が聞こえてくる。


声、おっきい……



圭介さんは二・三言葉を交わすと、通話を切って携帯をポケットにしまった。

そのままシートベルトを着けると、車のエンジンをかける。

「あの圭介さんっ。私は平気なので、あの……っ」

ちらりと私を見た圭介さんは、すぐに視線を前に戻して車を発進させた。

身体が後ろに傾いで、背中がシートにつく。

「由比さんが断ったら、翔太、悲しむな。外食、久しぶりだからきっと凄く喜んでる」

微笑む表情は、得意げなものも含まれていて。

私が断れないように、先に翔太に連絡したことに気付く。

「……策略家」

気を遣ってもらってるのに、上手くことを運ばれた悔しさに呟くと、

「お褒めの言葉をありがとう」

そう、返ってきた。



私はふて腐れた表情で、窓の外に視線を移す。

そこには、外が暗いからか私の顔が窓に映りこんでいる。




嬉しそうな……泣きそうな顔。


じっと見つめて、目を瞑った。




他人から受ける優しさは、とても嬉しくて。

与えてくれる人がいるって事は、とても幸せで。

でもその幸せを知ってしまうと、とても怖くなる。





いつかは失うもの、だから。



その時、自分が耐えられるのか……それが、怖い――





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ