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「お、今日は洋食ですねぇ」
唐沢から話を聞いてからここ何日か窺ってきたチャンスがやっと来たと、溝口は見えないようにほくそ笑んだ。
「えぇ、そのようですね」
隣に座る圭介は溝口の内心など気づくわけもなく、ここ最近繰り返される言葉にいつもどおり返してくる。
圭介の手元にある弁当箱は二段になっていて、下の段にオムライス。
上の段に、鳥のから揚げをメインに洋風のおかずが詰められていた。
しかも、ミニパックで野菜つき。
翔太の分も作っているとなると、手間も時間もだいぶ掛かっているんだろう。
それが分かっているからか、圭介は凄く嬉しそうな表情で食べていて。
なんか、すっげームカツク。
無言なのに、顔で惚気られている気分だっ!
「いい人なんですねぇ、弁当を作ってくれている女性は」
「?」
羨ましいとかおかずをくれとかそういうのじゃない溝口の言葉に、圭介はきょとんとした顔を上げた。
溝口は机に頬杖をつきながら、圭介の弁当を覗き込む。
「朝からこれだけの弁当を、少なくとも二個作ってるってことでしょ? 手間も時間もかかるだろうに、ほとんど毎日じゃないですか。凄いですよ」
邪気のない(溝口の普段比八割増)表情で言うと、圭介は箸を持ったまま申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「本当に、頭の下がる思いです。彼女は、自分のお弁当も作っていますから」
「へぇ、凄い。よほど料理が上手なんですねぇ」
「おいしいですよ、差し上げませんけど」
「言ってませんよ、まだ」
普通に話していたのに、よっぽど取られたくないらしい。
「でもあれですね、そこまでしてもらってるなら何かお返しとかしているんですか?」
「お返しですか?」
再び箸を動かそうとしていた圭介の動きが止まる。
箸を持っている手を口元に当てて、小さく唸る。
「まぁ一応等価交換みたいにはしてますけど、それでも彼女のウェイトの方が大きい気がします。何かしないととは、思ってるんですけれどね」
「等価交換?」
「溝口先生には、関係のない話ですよ」
隙を突こうとすると、シャットアウトされる。
本当にこの男、本心の見えない奴だよ。
「……来月はうちも学祭ですねぇ」
溝口はあえて話を弁当の話題から逸らして、自分もいつもの如くコンビニ弁当を食べ始めた。
圭介も話が変わったことに気を緩めたのか、そうですね、と相槌を打つ。
「俺らにとっては毎年の事で大して目新しい事じゃないけど、学外の人にとってはけっこう面白かったりするんですよねぇ」
「そんなものなんでしょうかね」
オムライスを口に運ぶ圭介。
少なくとも圭介は六年間、溝口にいたっては八年間同じことを繰り返してきている。
最初こそ懐かしさと面白さで結構楽しみにしていたけれど、それも回数を重ねれば生徒が面倒ごとを起こす事が多いイベントというものに変化していった。
それは修学旅行も体育祭も然り。
教師なんて、面倒ごとをおさめるためだけにいるんじゃないかと思うくらい。
ま、クラスを受け持ってないから気は楽だけど。
「少なくとも、俺の知人は来たがりますよ。うちの学祭。つっても配布される券は一人二枚だから、そうそう呼べませんけどねぇ」
「そうですか、学祭に、ね……」
お、上手い具合に釣れたか?
にやりと、圭介に見えないように笑う。
圭介をけしかけて、弁当の彼女を学祭に連れてこさせよう作戦、成功か?
隣で腹黒いことを考えられているとは気付かない圭介は、食べ終わった弁当箱をランチバッグに入れて鞄にしまう。
学祭ね……
まぁ、確かに学生の頃はそれなりに楽しかったけど、教師になるとそこまで楽しい行事ではないな……。
差し入れといっては、クラスで作ったものを持ってくる女生徒。
たまに起こる喧嘩の仲裁や、クレームの処理。
頭の痛くなる事が多い。
そんなのでも、由比さんは楽しめるんだろか。
最近、由比さんに元気がない。
帰りも遅いことが多く、理由を聞いてもいつも疲れたような笑みを浮かべるだけ。
少しでも気晴らしになるなら、聞いてみるかな……
鋭いようである意味鈍い圭介は、まんまと溝口の策略に釣られていた。