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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
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「今日も、翔太くんいないのね」

沢渡が委員会に行くと、教室のドアを開けた途端残念そうな声が返ってきた。

まだ集まっていないらしく、一人だけ座っていた。

内心舌打ちをしながら、沢渡はあてがわれた席に座る。


うるさいな、この女……

ただでさえ翔太くんに断られてイラついているのに、これ以上人の神経逆なでしないでよ……


しかし目の前の女生徒に通じるわけもなく、両腕を組んで見下すように笑いながら目を細めてくる。

「流石の沢渡さんも、お弁当の彼女には負けちゃうのねぇ」

くすくすと笑う、目の前の女生徒をじっと見つめる。

「なぁに? 図星過ぎて何も言えない?」

沢渡は何も言わずに、目を逸らした。


楽しそうに嫌味を言ってくるこの女は、同学年のクラス委員。

翔太のことを狙ってる、女生徒の一人。




って言っても、狙ってる子は少なくないけど。


沢渡は自分もその一人だと認識はしている。

けれど、他の誰よりも近い存在だと思っていた。

いや、思い込んでいた。


三年になって、いつもどおり押し付けられるクラス委員という立場になった時、面倒と思いながら一つだけ役得があることに気付いた。


この高校は七月に学祭がある。

故に、男女一名ずつのクラス委員のどちらかが、学祭実行委員として活動しなければならないことになっていた。

ということは必然的にクラス委員の仕事を、一人でやらなくちゃいけなくて。

いつも忙しいわけじゃないからいいんだけど、その補充として一人手伝いにつれてきてもいいことになっていた。



人当たりがよくて、可愛くて、優しい遠野翔太くん。

頼みごとをしても、嫌な顔一つせず頷いてくれる。

さすが、あの遠野先生の弟。



そう噂される遠野翔太と、初めて同じクラスになったのだ。

これは自分の立場を利用しない手は無いと、こっそりほくそ笑んでいた。

現に四月の終わりの委員会の時に頼んでみたら、いいよ、と可愛らしい笑みで頷いてくれた。

委員会に連れて行った時の周りの反応の、気持ちいいこと。

優越感どころの話じゃない。

あの遠野翔太が、自分の隣で自分のお願いを聞いてここにいてくれるのだから。


それが、一体どうしてこうなったのか。



それから数回、頼めば委員会に付き合ってくれていたのに。

ほんの三・四回で、断られてしまった。

部活に所属していない翔太は、放課後に残る事はない。

それでもよくクラスメイトと話したりして、時間を潰していた。

けれど最近、HRが終わるとすぐに帰ってしまう。

その上、いかにも手作りのお弁当を昼ご飯として持ってくるようになった。

しかも遠野先生まで持ってきているから、たちまち噂が広まった。


今までずっと学食やコンビニのご飯を食べていたのに、いきなりお弁当。

イコールどちらかに彼女が出来たって事。



途端、それまで流れていた噂が消えた。

沢渡……自分と翔太が付き合っているんじゃないかという、自分にとっては願ってもない噂。

例え嘘でも、そう言われる事が嬉しかった。

周囲への、優越感だった。



なのに……



「あー、やっぱり翔太くん来てない」

ガラリというドアを開ける音と共に聞こえた声に、沢渡は唇をかみ締める。

遅れてきた、下の学年のクラス委員達。

「本当に彼女出来ちゃったのかね、残念」

そう言いながら、席に座る彼女達に笑顔を向ける。


「用があるんですって。なんだか忙しそうなのよ」


少しぎこちない笑みを返してくる彼女達は、きっと心の中で私を笑っているんだろう。

「ふふ、いつまで忙しいのかしらねぇ」

嫌味を呟く目の前の女には、微かに笑みをむけるだけで言葉は全力で無視した。




悔しい。

悔しい。


こんな扱い、許せない。


誰なのよ、翔太くんたちのお弁当を作ってる女。



きっと、私の方が可愛いのに――


――私の方が、ふさわしいのにっ



「あ、沢渡さん」


怒りのあまり膝の上に置いた手をぎゅっと握っていたところに、開いていたドアから顔を出した担任に呼ばれて顔を上げた。

「はい、なんですか?」

顔に笑みを貼り付けて、沢渡は立ち上がると担任の傍に駆け寄る。

担任は抱えていたドキュメントファイルからクリップで留められた書類を数枚、沢渡に手渡した。


「学祭で使う資材の希望書、ほぼ通ったから。あとは、体育館にある暗幕の枚数確認して必要数あるようならそのまま使っていいって」


沢渡は担任の言葉を聞きながら、書類に目を通す。

希望リストの横にはチェックがされており、暗幕のみ空欄になっていた。


「分かりました。暗幕のチェックは、明日でもいいですか?」

書類を胸に抱いて、小さく首を傾げる。

担任はファイルを脇に抱えなおすと、頷いた後、でも……と付け加えた。


「明日でもいいが早めにな。早い者勝ちらしくてな、それもあってお前に渡しにきたんだ。学祭実行委員はもう会議始まってるし、あいつ、この後部活あるだろ?」

頭に思い浮かべる、もう一人の委員長であり学祭実行委員。

確か文科系の部活に所属していたから、学祭の話し合いの後に行けと言っても遅くなってしまいそうだ。


沢渡はにこりと笑って、頷いた。

渡りに舟。

こんなところ、少しでもいいから離れていたい。

「では、今行ってきちゃいますね? まだ委員会始まらないようですし」


集合時間まであと十五分はあるから、体育教官室の先生に声を掛けて見せてもらうだけなら間に合うだろう。

「あぁ、頼んだ」

担任は片手を上げて礼を言うと、廊下を歩いて戻っていった。

沢渡はその反対側、体育教官室へと早足で向かっていった。



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