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「さて、と。完璧完璧」
腰に手を当てて、うんうんと頷く。
……人暮らししてると、独り言多くなるよね
その考えに自分で頷きつつ、目の前に広がる食料ににんまりと笑う。
以下、目の前のテーブルに並ぶ荒熱の取れた冷めた食料
・シチュー
・チャーハン
・ゆでたのみの、パスタ
・餃子
・ハンバーグ
・豚肉の味噌漬け(生)
・鶏の味噌漬け(生)
・牛切り落としと牛蒡煮
全て、冷凍するのです!!
ほくほくしながら、小分けして保存容器に入れていく。
お弁当と夕食用に、休みの日に必ず作り置きのご飯を冷凍する事にしている。
だって、仕事から帰ってきてご飯作るの面倒なんだもん。
かといって、お金もないから外食なんて出来ないし。
詰め終えたものを、冷凍庫に詰めていく。
「よし、終了」
全て終えて、エプロンをはずした。
壁際に置かれた時計は、十二時過ぎを指していて。
確かにお腹すいたなぁと、台所に視線を移す。
「……あ」
そこには、まだ冷めていないシチューのなべ以外何一つ残っていなかった。
作った満足感からお昼用を残さないで、全部冷凍してしまった馬鹿な私……。
がっくりと肩を落として、テーブルの上においてあった財布を手に取る。
そのまま戸締りをして上着を羽織ると、玄関のドアを開けた。
「あ、由比!」
同じタイミングで隣のドアも開いたらしい。
ドアを閉める音と同時に、翔太くんの声が聞こえて顔をそっちに向けた。
「あぁ、翔太くん」
鍵を閉めてもう一度見ると、上着のポケットに両手を突っ込んだ翔太くんがにこにこ笑って立っていた。
「ねぇ、ここから一番近いスーパーってどこ? 場所教えて欲しいんだけど」
満面の笑みを浮かべる翔太くんに、思わず目を逸らしたくなる。
何? このキラキラした笑顔は!!
可愛いんですけど、肌綺麗なんですけど、なんか……女として悔しいんですけど。
男の子でこれだけ可愛いって、彼女とか凄い可愛くないと大変そうだわ。
「由比?」
見たまま動きが止まっていた私を不思議に思ったのか、とことこと音がしそうな歩き方で傍に来る。
「ちょっと、由比ってば」
ぴらぴらと顔の前で振るその手さえも、綺麗な肌。
ふと視線を上げて翔太くんを見ると、ん? という風に首を傾げる。
また、その仕草が可愛いったらありゃしない。
「なんだっけ、スーパーだっけ?」
手にしていた鍵をミニバッグに入れると、私は翔太くんを促して歩き出した。
「うんそう、昼と夕飯のおかず買って来いって」
右手をポケットから引き抜くと、そこには指先に挟まれたメモ用紙。
小さな紙には、所狭しと買い物リストが並んでいる。
それを受け取りながら階段を降りて、駐車場を抜けた。
祝日のお昼。
このアパート自体子供のいる家族は入居していないから、静かな空気が流れていて。
そのまま目の前の土手を上がっていく。
「私も今から買い物だから、一緒に行こう?」
「あ、マジで? 助かったー。圭介ってうるせぇんだもん、適当に買ってくと」
嬉しそうに両手を挙げる翔太くんは、やっぱり可愛い。
「そうなんだ。でもこのリストを書いたと思えば、確かに細かそうね」
もう一度メモ紙に視線を落とすと、二列に並んだ綺麗なリストが目に映る。
翔太くんは上げていた手を後頭部で組みながら、まぁねーと呟いた。
「クセでしょ、板書の」
「板書?」
疑問の声を彼に向けると、あぁ、とこっちを向いた。
「圭介、高校の先生やってんの。科目は日本史」
「へぇ?」
さっきベランダで会った、圭介さんの顔を思い浮かべる。
優しそうで温和そうな彼には、似合いの職業かもしれない。
思わず頬が熱くなりだして、慌てて手のひらを当てる。
いくらあまり免疫がないとはいえ、赤くなりすぎだっての、もう。
そんな私の状況を見ていた翔太くんが、ぽんっと右の拳を左の手のひらに当てて納得したように頷いた。
「もしかして、圭介、由比の好み?」
「は?!」
思わず叫んでしまった自分の口を、手のひらで塞ぐ。
叫ばれた方が驚いたのか、翔太くんはぽかんと口を開けたまま私を見ている。
私は気まずい雰囲気に、視線をさまよわせてから溜息をついた。
「……そうじゃなくて。私、女子高・女子大で来たから、男の人とあまり話したことなくて。だから、つい顔が赤くなってしまうだけで」
情けないーっ、情けないよ私。
「え、じゃぁ俺は?」
情けない告白にへこみ始めた私に、怪訝そうな翔太くんの声が掛かった。
……へ?
きょとん、と顔を上げて彼を見た。
「さすがに子供は大丈夫」
「……何、由比にとって高三って子供に入るわけ?」
「うん、入る……って、は?」
「――は?」
答えてから聞き返した言葉を、同じ様に翔太が聞き返してきた。
「だれが、高三?」
「俺が、高三」
「え、十八歳?」
「十月には十八歳」
「――」
口を噤んだ私と、面白くなさそうな顔をした可愛い翔太くん。
一気に頭が回転した。
「えぇっ! 嘘だぁっ! そんな可愛いのに、高三なんてありえない! 女への冒涜だわ、その顔寄越せっ!」
「うわ、ひっで! 思春期の高三男子捕まえて、そんな事言うか、普通!」
「だって、絶対高一か中学生かそこらかと」
「……」
無言の睨みに、黙りました。
「ったく、好きでこんな顔に生まれたんじゃねぇっての」
「……ごめんなさい」
「なのにひでぇよな、女への冒涜とか言われてさ。俺が何したってんだよ」
「……ごめんなさい」
さっき会ったばかりの年下の子に、私はどれだけ言われればいいのだろう。
あの後スーパーにつくまでぶつぶつと文句を言われ続けた私は、買い物カートを押しながらまだ言われていた。
よほど言われたくない言葉だったらしい。
まぁ、中学生は言い過ぎたよね。
いけないことを言ったのは自分なので、仕方ない。
圭介さんが書いたリストの物を、カートに入れていく。
溜息をついたとき、首元に温かさを感じて飛びのいた。
「なっ、何っ!」
私が居た場所には、上半身を屈めた体勢の翔太くんの姿。
首を押さえて見上げると、少し驚いたような表情だったのがにやりと笑みを浮かべた。
「あれぇ? 子供は大丈夫なんじゃないの?」
「驚くでしょ、普通っ」
思いっきり睨み上げて、踵を返す。
そのままレジを通って、荷物を袋詰めした。
いくら悪い事を言ったからって、あんな悪戯される覚えはなしっ。
翔太……くんづけなしっ!……は、隣で楽しそうに買ったものを袋に詰めている。
なんか余裕で、ムカツクんですけどっ
入れ終わった買い物袋を持ち上げようとして、横から出てきた手にそれを持っていかれた。
手元には、軽いものしか入っていない買い物袋。
「由比、行こ?」
にっこりと笑みを浮かべるその顔は、顔だけなら可愛いのにっ!
この数十分のやり取りで、それが腹黒な笑みだと気付かされて思わず溜息をついた。