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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第3章 とある攻防 とある策略
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「翔太くん、このあと時間ある?」

全ての授業が終わり、放課後と名のつく時間帯。

帰り支度をしていた翔太は、声を掛けられて顔を上げた。

そこには一人の女生徒。

翔太の座る椅子の横に立つ彼女は、クラスメイトであり委員長でもある沢渡。

両手を机について、自分を伺うように首を傾げる姿は一般的に可愛いというのだろう。



翔太は同じ臭いのする沢渡を見上げたまま、革鞄のマグネットボタンをパチリと閉めた。

そして申し訳なさそうな表情を意図的に作り上げ、眉尻を下げる。

「沢渡さん。僕この後、用事があるんだ」

沢渡は落胆の色をその表情に浮かべると、腕を机にのせるようにしゃがみこんだ。

「そうなの? なんだか翔太くん、最近忙しそうね。少しも付き合ってくれない」

拗ねたように上目遣いで見上げる沢渡に、翔太はごめんねと呟く。

「でも、沢渡さんのお手伝いなら僕じゃなくても立候補する奴らが沢山いるよ?」

ね? と目を細めると、沢渡は頬を膨らませた。

その姿に、後ろを向いた斜め前の席の奴が頬を赤くしている。


沢渡は断る翔太にそれでも縋ろうとするようにじっと見上げてくるけれど、翔太は何も動じないように椅子を下げて立ち上がった。

「それじゃ、沢渡さん。また明日」

「翔太くん……」

沢渡の呟きを聞かない振りして、翔太は教室から廊下へと出る。

周りに気付かれないよう、小さく息を吐き出した。







昇降口から外に出て、校庭を横目に校門を過ぎる。

最寄り駅は、高校から徒歩五分。

そこから電車に乗って六つ目、そこが今住んでいる場所。

アパートから、片道四十分近くかかる。

だから別にこんなに早く帰らなくてもいいのは、分かってる。

沢渡の申し出を受けても、充分間に合うだろう。

所詮由比の仕事が終わって迎えに行くのは、七時近くなのだから。


駅の改札近くにある時計は、三時四十五分を指していて。

まだまだ、由比に会うまで三時間近く待たなければならないことを、知らせてくる。


翔太はホームへと歩くと、その途中、アルバイト情報誌をフリーペーパーのラックから手にとって鞄と一緒に持った。

前に住んでいた場所は、高校から二駅もない場所で。

自転車だけで通っていた。

だからバイトもしやすかったのだけど――



嫌な記憶が脳裏をよぎって、翔太は思わず顔を顰めた。

思い出すまいとすればするほど、浮かび上がってくる記憶に思い切り頭を横にふる。

違う事を考えようと、アルバイト情報誌を捲った。


ただでさえ、圭介に迷惑を掛けている。

高校に行かせてもらっているだけじゃなく、大学も出るようにと言ってくれる。

若い教師の給料で、男子高生を一人養って大学に行かせるのは大変な事だと思う。

少しでも生活費を入れなければ、バイトに行かなくてもいいと言う圭介には悪いが、自分自身がいたたまれなくなる。


この状態を作り出したのは、自分なのだから。


ホームに滑り込んできた電車に乗り込み、ドアに凭れて窓の外に視線を向ける。

まだまだ明るい空は、綺麗に青く澄んでいて。

由比に初めてあった日を思い出させた。



突然話しかけて驚かせたのに、由比のいるベランダに行こうと身を乗り出した俺に慌ててしがみ付いた、隣室の女性。

からかうだけのつもりが、怯えさせてしまった事に少なからず罪悪感を覚えた。

しがみつくように腰に回されたその腕が、微かに震えていたから。

まぁ、冗談が通じないことは、その後、嫌と言うほど分かったけどね。



――さすがに子供は大丈夫――



圭介を見て顔を赤くした由比は、俺を見てそういいのけた。

分かってるよ、どうせ俺の顔は童顔だよ。

背はあるのに、顔だけ大人びないってどういうことなんだっ

って、まぁそんなこと言っても仕方ないけどさ。



俺を、男として見ない由比が新鮮だった。

俺を、利用材料として見ない由比が新鮮だった。



圭介ほどじゃないけど、俺だってそれなりにもてる。

まぁ、圭介目的で近づいてくる女も多いけど。

俺を落としてあわよくば……って感じだったから、少なくとも下心ありの表情ばかりだった。

だから、俺は“遠野翔太”を演じてる。



自分を守るために、嘘の表情を作り上げて嘘の言葉を紡ぎながら。

偽りの人格を、作り上げている。

さっきの沢渡もそう。

あいつも、自分が可愛く見えるように“沢渡 美樹”を演じてる。



そうやって、上手く生きてきたつもりだった。

嘘で塗り固めれば、そのうちそれが自分になるんじゃないかとか思ってた。

信じる人は、圭介だけでいい……そう思ってたのに。



――えぇっ! 嘘だぁっ! そんな可愛いのに、高三なんてありえない! 女への冒涜だわ、その顔寄越せっ



俺の歳を知った時の由比の顔も声も、面白すぎた。


目を細めて、口元を押さえる。

思い出すと、つい笑いそうになってしまう。



可愛くて邪気のない、人好きする性格を作り上げていた俺に……俺自身ではなくこの顔を寄越せと叫ぶ由比が面白かった。






「由比……」

小さく、大切な名前を呟く。


ね、由比は信じてくれなかったけど、本当にあなたが好きなんだ。

あの桐原って奴が由比を好きだと言ったとき、誰が渡すか……と独占欲が沸いた。

他を見て欲しくない。

確かに気に入ってはいたけど、あそこまでの感情とはそれまで気付かなかった。





由比は何の裏もなく、屈託の無い笑顔を……感情を俺に向けてくれる。



自分を、ただの人間として見てくれた、ただの人間として向けてくれるその笑顔がとても嬉しくて。




ただそれだけの事が……、俺にとって何にも変えがたい幸せだったんだ。



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