19
「いやー、生告白って圭介以外初めて見た」
「ちょっ、……なんかリアル過ぎてあれだから、その言い方やめて」
駅を出て自転車をひく翔太と、アパートまでの道のりを歩く。
……今日だけは、拷問のようだ。
さっきから翔太は面白そうに、へぇーとかふぅんとか言ってて話を変えてくれない。
「でもさ、由比ってば桐原さんのことものっごく嫌ってたよね。返事、どうするの?」
目下の悩み事になってしまったそれを、いとも簡単に尋ねられて口ごもる。
「あー、うー」
頬に集まっていく血を、コントロールして身体の各方面に逃がせないものでしょうか。
翔太はくすくすと笑いながら、私を見下ろしていて。
「真っ赤な由比は、可愛いねぇ」
とか、ほざいている。
くぅ、子供のクセに大人びた言葉遣いして……っ。
「由比は恋愛ごと、鈍くさそうだもんねぇ。あ、もしかして他の事もだった?」
「翔太っ。あのねぇ、人の傷口抉って楽しい?」
「てことは、他の事もなんだ」
「……」
違うもん、他の事は言われた事のないもん。
けど、桐原主任に関してはちっとも気付かなかった。
ていうか、未だに信じられないんですけど。
あれが愛情表現なら、どんだけアマノジャクなわけですか!
「ねぇねぇ、由比。返事は?」
「え?」
頭の中で、パニックを通り越して桐原主任に怒りをぶつけていた私は、翔太の言葉に顔を上げた。
「返事」
視線の先の翔太はにこにこと笑っていて、人の不幸? を楽しんでいるその様子に私はむっと口を尖らせた。
「桐原主任は抹殺対象としか思ってなかったから、恋愛に結びつかない。驚きの方が上回る」
そう一気に言ってため息をつくと、翔太はなんでもないように頷いた。
「それも気になるけど、俺に返事は?」
「……翔太に返事?」
なんの?
意味が分からず首を傾げたら、仕方がないとでも言う風に肩を竦められてしまった。
年下に、呆れられたよ……
その事実に衝撃を受けていたら、翔太は私の頭を軽く叩くと笑みを浮かべた。
「俺も、由比のこと好きって言ったんだけど」
「……、あぁ!」
ぽんっと右の拳で左の手のひらを叩いて、声を上げる。
そうそう、そういえばそんな事言ってくれてた!
私は翔太を見上げて、ありがとう、と目を細めた。
「嬉しかったよ、翔太!」
そう伝えると、翔太は歩いていた足を止めて私を見下ろしたまま目を見開いた。
「え、それじゃ……」
言いかけた言葉に、うんっと力強く頷く。
「気持ちは伝わったよ、ホント。ありがとうね、短期間でこんなに懐いてくれるとは思わなかったもの」
「……なつ……?」
途中まで少し嬉しそうだった翔太の表情が、曇る。
その変化に首を傾げつつ、私は言葉を続けた。
「これ、やっぱり餌付けが成功した感じ? 大丈夫だよ、例え桐原主任とどうなろうと他の人とどうなろうと、たまにご飯は食べてもらうから!」
「……へ?」
「お隣のおねーちゃんに対する独占欲って言うの? わかるー、私も小さい頃隣のおにーちゃんが結婚するって聞いた時、大泣きしたもの。そういうもんだよねー」
前を向いて人差し指を立てながら歩き出した私は、翔太がついてきていないことに気付いて振り返った。
翔太はさっきの所で立ち止まったままで。
「どうしたの?」
声を掛けると、離れていても分かるくらい盛大なため息をつかれた。
なんで?
「翔太?」
もう一度声を掛けたら、やっと私の傍まで歩いてきた。
「なんか、俺、桐原さんの気持ちが分かるというか……」
「え、なんで?」
ほとんど会った事のない翔太が、なぜ?
驚いたように見上げる私の背中を押して、歩くように促される。
それに従うように足を動かしながら、翔太の言葉の意味を知りたくてじっと見上げる。
翔太はそれに気づいているだろうに何も言ってはくれず、そうそう、と自転車の前かごに放り込んであったバッグから何かを取り出した。
「おべんと、ごっそーさま。おいしかったー、また今度作ってね」
その手から下がっているのは今日の朝、翔太に渡したランチバッグだった。
「あ、ホント? それはよかった」
自分の手のひらに降ろされるそれを見て、ふと思いつく。
「よかったら、明日からお弁当作ろうか?」
「え?」
驚いたように足を止める翔太。
つられて私も立ち止まりながら、ランチバッグを手に提げる。
「翔太が嫌じゃなければ」
「嫌じゃないけど、それはさすがに由比に悪いから」
おぉ、翔太が遠慮している!
翔太なのに。
「別に悪くないよ。こうやって送り迎えしてもらってるし、ご飯食べてもらえるのは嬉しいし。あ、圭介さんは? もしお弁当もっていけるなら作るよ?」
「圭介は、いつもコンビニとか出前とか使ってるみたいだけど、でも――」
「う~ん、恥ずかしいかな」
大の男が、結婚もしてないのにお弁当持っていくなんて。
「別にそれは……、でも本当にいいの?」
おずおずと聞いてくる翔太の姿に、きゅん、としてしまったのは決して歳の所為じゃない!
両手を伸ばして思いっきり翔太の頭を撫でまくる。
「わっ、なっ何!?」
「何って、もー可愛いんだものーっ! ヤバイね、翔太。将来年上女性に騙されそうっ。ていうか、翔太が騙しそう!」
「なんだよ、それっ」
だいぶ失礼な事を言っている自覚はあるけど、だって可愛いんだもんー。
口では嫌々しているけど、大人しく撫でられている翔太に口元が緩む。
可愛いわー、何この生まれ持っての弟気質。
しかもさっき“由比に悪いから”とか言いながら、凄い期待に満ちたお目々してましたよ、翔太ってば。
思う存分撫で回して満足した私は、軽くその髪を整えてあげてから歩き出した。
翔太もそれにあわせて歩きながら、片手で髪を撫で付けてる。
「嫌じゃなかったら作らせて。あと、圭介さんには迷惑じゃないか聞いておいてくれないかな? ありがた迷惑って言うのもあるしね」
「大丈夫だと思うけど、一応聞いとく。俺、卵焼き甘くない奴」
「……遠慮してたはずなのに、リクエストが来た!」
「遠慮はするけど、建前」
「……悪い大人になっちゃ駄目よ」
最後は二人で笑いながら、何のおかずが好きか、言い合いながら帰った。
――のんびりしすぎて、圭介さんに心配させたのは言うまでもない。
ついでに、この時点で桐原主任のことが私の頭からすっかり消えていたのは、決して記憶力が悪いからじゃない……と、信じたい(涙