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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第2章 びっくりの法則
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18


「皆川さん、なんだろ」

通話の切れた携帯を見つめながら、それをたたんで鞄にしまった。

翔太に電話しちゃったから、十分くらいで用事が終わってくれればいいんだけど。


すでに自宅アパートのある方の出口にいたけれど、一つため息をついて踵を返す。

すぐ前に通った改札前を越えて、会社のある出口へ向かう。

ほんの数分で、皆川さんはやってきた。

その後ろから、不機嫌な人物をつれて。


「皆川さん、どうしたんですか?」

後ろには視線を向けず、皆川さんに問いかける。

途端、不機嫌オーラが増した気がするけれど、完全無視。

皆川さんは少し気まずそうな表情を浮かべたまま、私の背中を軽く押した。

「ここだと目立つから、向こうに行きましょ? ね?」

促されるままに、もう一度反対側の出口へと歩いていく。

「あの、何か……?」

少し上にある皆川さんに問うても、苦笑いが返ってくるだけ。

再び、アパート側の出口に来てしまった。


まずいなぁ、ここに翔太が迎えにきたらアパートがこの駅ってばれるよね。

あまり、知られたくないんだけどなぁ……。


困ったような表情を向けると、ごめんなさいね、と言われて首を振る。

よく分からないけれど、何か用事があるんだろう。


「それで、あの……」


辺りに人がいないのを確認すると、皆川さんは後ろを向いた。

「ほら、言いたい事あんのはあんたでしょ?」

ぐいっと腕を引っ張られて、しぶしぶ前に出てきたその人は、分かっているけど桐原主任。

目を眇めて私を見下ろすその顔は、威嚇しているとしか思えない。


「なんですか」


とりあえず、声を抑えて聞いてみる。

「別に」

「桐原」

ふぃっと顔を逸らした桐原主任に、どすのきいた皆川さんの声がとぶ。

桐原主任はその声に眉を顰めると、大きく息を吐いた。


「あぁ、いい。なんでもねぇから」

「ちょっ、きりは……っ」


桐原主任に皆川さんが何か言いかけたその時、


「あれ、由比?」


掛けられた声に、私は顔だけ斜め後ろに向けた。

「あ、翔太」

自転車に跨った翔太が、すぐ傍に停まるところだった。

キュッと音をさせて、ブレーキと共にアスファルトに足をつく。

Tシャツに無地のシャツを羽織って、ジーンズを穿いた翔太は立派に……幼い(笑

思わず笑いそうになるのを堪えて、身体ごと向き合った。


「ごめんね、翔太。迎えに来てもらって」

「うん、別にいいけど……?」

翔太は小さく首を傾げながら、自転車のスタンドを立てて横に立つ。

「あ、桐原さんでしたっけ。こんばんは」

猫かぶり翔太が、にっこりと満面の笑顔で桐原主任に声を掛ける。

「……あぁ」

主任は舌打ちでもしそうな勢いで、ふぃっと顔を背ける。

こっちはこっちで、愛想のない……


といいつつ、愛想のいい桐原主任なんて想像つかないんだけど。


「上条さん……、ちょっとっ」

その声にそっちを見ると、皆川さんが翔太を見ながら私の腕を引いた。

「何、彼氏? 若くない?」

「お隣の子です」

皆川さんの言葉を、思いっきり冷静に遮る。


「お隣?」

なぜかほっとしたようで、胸を押さえて息を吐いている。

「初めまして、お姉さん。僕、由比の隣に住んでいる遠野です。迎えに来たんですけど、お仕事のお話ですか?」

「……っ」

衝撃を受けたように顔を真っ赤にさせる皆川さんを、つい生ぬるい眼で見る。

あぁ、翔太の猫かぶりにやられたね。

そうそう、腹黒さを見せないでこんなに可愛い顔でにっこり微笑まれれば“くる”よね。

うん。

きっと、最初翔太と衝撃の出合い方をしていなければ、もっとドキドキしてた気がするもの。


皆川さんは両手を前で振ると、がしっと桐原主任の腕を掴んだ。

「いいのいいの、明日で大丈夫だから」

ほらいくわよっ、とそのまま引っ張っていこうとした腕が、主任が動かないものだから外れてしまう。

眉を顰めて振り返った皆川さんは、桐原主任を見上げた。

私もつられるように視線を動かすと、目が合って動きを止める。


射るような、視線。て、こういう事を言うんじゃないだろうか。

確かに今までも怒鳴られたり弄られたりしたけれど、ここまで睨まれた事はない。

瞬きをする事も忘れるくらい、目を逸らせない。


「上条」


びくり、と肩が揺れた。

なんだろう、名前を呼ばれただけなのに怖い。


「……」


口をあけようとしたけれど、それさえも出来なかった。


「さっきのは、嘘じゃない」


「……え?」


さっき……?

疑問を頭に浮かべながら、やっと出たのは聞き返すような小さな声。


桐原主任は、じっと私を見つめながら口を開く。




「俺は、お前が好きだ」




――頭が、真っ白になった。


でもそれは一秒か五秒かほんの一瞬で、次の瞬間、いきなり頭が動き出す。

好き? 桐原主任が私を?

あれだけ人のこと遊んでおいて、好き?

好きの意味、分かってる?


「信じられないのは分かってる、さんざんからかってきたし。でも、本当だから。俺は、お前のことが好きだ」


私の思考を読んだ様な言葉に、鼓動が早くなる。



本気で……?



衝撃の事実(甘いものとかどきどきとか可愛らしいものではなくて)に、やっと理解をし始めた私の肩に、ぽんっと翔太が手のひらをのせた。


「うわ、由比。告白されちゃったね。桐原さんも凄いな、こんな人がいるところで告白できるなんて」

猫かぶり続行中の翔太を見上げると、可愛らしい笑みを浮かべている。

……何か、よからぬことを考えている気がするけど……


ふとよぎった不安を肯定するように、にやりと翔太が口端を上げた。


「でも僕も由比のこと好きだから、簡単には渡さないけどね」

「は?」

好き?

ぽかんと翔太を見つめると、肩に置いた手を頭にのせて軽くバウンドさせた。


「さ、帰ろうよ由比。今日もご飯食べさせてくれるんでしょ?」

「ちょっ、翔太?」

何がなんだかわからないまま、背中を押されて促されるままに足を動かす。

けれど気になって顔を主任の方に向けると、さっき見せていた表情とは一変してあまり見ない笑みを浮かべていた。

「あぁ、別にいい。どうせ、俺は嫌われてるだろうからな。すぐに返事をくれなんていわねぇよ」

「桐原主任……」

「ただ全力で落とす、それだけ覚悟しておけ」

「……」


ぼわっと真っ赤になる頬を隠すように、“お疲れ様です”とだけ言って私はその場を早足で歩き去った。






後に残された皆川は、踵を返す桐原に慌てて駆け寄る。

「ちょっ、何あんた! 誤魔化そうとしたくせに、何いきなり告ってんのよ」

少しだけ格好いいと思ったのは、口には出さないけれど。

桐原はそれには答えずスーツの内ポケットから定期を出すと、改札を抜けてホームへと上がる。

やっと立ち止まった桐原に、皆川が何か言おうと口を開いた時、大きく息を吐かれて遮られた。


「あの目、ガキのくせにすげぇわ」

そう言われて翔太のことをすぐ思い出したが、別に怖い事は一つもなかったしどんな目? と首を傾げた。

「可愛い子だったじゃない。お隣のお姉ちゃんを取られたくないんでしょ?」

子供よねぇと笑う皆川に、桐原は苦笑した。

「すっかり騙されてんな。まぁ、いいけど」

それだけ言って口を噤む。

皆川は意味がわからないと眉を顰めていたけれど、黙り込む桐原に諦めてため息をついた。



桐原はスラックスのポケットに手を突っ込みながら、翔太の姿を思い出していた。

あの、挑むようなキツイ目。

誤魔化そうとしていたのに、思わず上条に言ってしまった。

あんなガキに煽られたなんて、こっちはいい大人だというのに。



そう思いながら、ふと由比の顔が浮かぶ。

真っ赤になって、目を見開いていた表情。

いつもはむかつきとかイライラとか呆れとか、不の感情しか向けられたことがなかったから。

思い出すと、顔の筋肉がつい緩む。



「ちょっと桐原、にやけてる。気持ち悪い」

「……うるせぇ」

そう言いながら、口元に力を込める。

「大体、人前で告白できるならさっさと行動に移せばよかったじゃない。ヘタレだと思ってたけど、なんだかよくわかんないわ」


呆れたように見上げてくる皆川に、桐原は“うるせぇよ”と答えてまた口を噤んだ。




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