15
「あれ? お昼、持ってきてないの? 由比にしては珍しいね」
ランチバッグを手にした桜と、一緒に社食に向かう。
「うん、隣の子にあげてきた」
「……そうなんだ」
少し呆気にとられたような桜に頷きながら、食券を買って列に並ぶ。
桜は席を確保しに、先にテーブルへと歩いていった。
その後姿を見ながら、周りの人の視線に思わず苦笑する。
普段社食に来ないから、桜に向かう視線がまるで見えるようだ。
「あらぁ上条さん、今日はお弁当持ってこなかったの?」
後ろに並んだ女性に声を掛けられて、振り向く。
そこには、人事の皆川さんが立っていた。
「皆川さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。珍しいわねぇ」
入社して一ヶ月、初めからお弁当派だったのに、と首をかしげる。
大人の女性がやると、異常に可愛く見えるのはなぜだろう。
私は出されたパスタをトレーに乗せると、少しずれて皆川さんを待つ。
「あはは、ちょっと……」
皆川さんはトレーにのった定食を持つと、一緒していい? と私の後に続いて歩き出した。
「はい。今、桜が席を取っておいてくれてますから」
そう言って見回すと、窓際の席でこっちに小さく手を振る桜を見つけて足を向ける。
「都築さん、私も混ぜてもらっていいかしら」
私の横に立った皆川さんが、桜にも了承を得てから椅子に腰を降ろした。
「有名二人組みが食堂にいるから、つい声掛けたくなっちゃって」
「何言ってるんですか、有名なのは桜であって私は入っていませんよ」
皆川さんの言葉に突っ込むと、くすくすと笑い声が帰ってきた。
「あら? 上条さんも結構有名だけどね、うちの主任との攻防戦」
「攻防戦? それ、できれば一方的に絡まれているだけって言い直して欲しいです」
何に対して、攻めて守ってるのやら。
「まぁ確かに、桐原の一方通行ではあるけどね」
「そうです、一方的にからかわれてホント頭にきます」
「気に入られてるものね、由比」
お弁当箱を手に持って箸を動かしていた桜に、冷たい視線を送る。
「やめて、本気で。あれは気に食わないから苛めてるだけ。気に入ってる相手に“ねずみ”とか言わない。嫌われてるんだよ」
「え?」
冷静に淡々と桜に説明していたら、隣から呆気にとられたような声が上がった。
思わず横に目を向けると、皆川さんが瞬きを幾度かして私を見ている。
「まだ、何も言われてないの?」
「は? 何がですか?」
「だから、桐原に。私煽っちゃったみたいだったから、ちょっと心配してたのよね」
……煽っちゃった?
「何を?」
眉を顰めて皆川さんを見ると、彼女は苦笑しながら頭を横に振った。
「これだから、ちゃんと言いなさいって言ってるのに。都築さんには分かってもらえるのかしら、この話」
途中から桜に向けて言うと、是の返答に皆川さんは笑った。
「知らぬは本人だけってね」
「え、どういう意味ですか?」
言われている事の意味が分からず持っていたフォークを置いて聞くと、皆川さんは少し困ったような顔をして箸を手に持った。
「それは本人に聞いてよ。私が言う事じゃないわ。まぁ……」
箸を持った手で頬杖を作ると、面白いものでも見つけたかのようににやりと口端を上げる。
「桐原が思った以上にバカで使えないヘタレ男だってことは、よぉっく分かった」
「……それ、今更です」
私の言葉に、なぜか大爆笑された。
――何ゆえ?
よく分からない雰囲気にされた疑問だらけの昼食も終わり、既に終業時刻。
疑問はとりあえず置いておいて、指示された仕事の終了とともに片づけを始める。
今日は桜が当番だから、声を掛けて総務を後にした。
総務の先輩達が帰るのを待ってから出たからか、廊下にはそんなに人がいない。
さぁ帰ろうと頭の中に今日のタイムサービスはどこが一番安かったかなと、チラシを思い浮かべながら歩いていたら。
「上条さん」
ビルを出たところで、呼び止められた。。
「皆川さん……、と桐原主任」
皆川さんの後ろにいる人に胡乱な声で呼びかけながら、立ち止まる。
「ね、上条さんこの後空いてる? 飲みに行かない?」
「皆川さんとですか?」
暗に桐原主任とだけは嫌だ、と言葉に含む。
二人ともそれに気づいたのか、皆川さんは苦笑し桐原主任は不機嫌さを増す。
「お財布がいれば楽よ? 役職持ちなんだから、私達より実入りはいいはずだし」
「いや、まぁそうかもしれませんが」
それ以上に、また意地悪されるかと思うと気が重いんですが。
「私が居るから大丈夫よ。それより、日々の鬱憤を桐原のお金で発散しましょ」
ね? と目を細めて笑う皆川さんに、私は少し迷った後頷いた。