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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第2章 びっくりの法則
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12


「もちろん、今から電話しようと思ってましたよ? 圭介さんてば、疑り深いなぁ」


誤魔化しているのがばれないように、爽やかに笑ってみた。

{そうさせてるのは、誰かな?}

はい、この四日間の私です。

はっはっは。

ていうか優しそうな声だけど、確実に信じてませんね。私の言葉。


「どうした、上条」

後ろから会計を済ませてきただろう桐原主任が、往来で引き攣った笑い声を上げている私の傍に立った。

その声が聞こえたのか、圭介さんが謝りの声を上げる。

{あぁごめん、人がいるんだね。もしかして送ってもらうつもりだったのかな? だったら――}

「違います!」

圭介さんの言葉を遮る。

{は?}

「圭介さん、その勘違いだけは勘弁してください。この人は捕食者です、抹殺対象者です!!」

「て、コラ。それは俺のことか?」

思わず叫んだ言葉に横にいた桐原主任が、私の頭をがっしりと掴んだ。

そのままギリギリと締め付けてくる。

「いっ、痛いっ! 離して下さい、主任っ」

携帯を持ったまま反対の手で主任の手首を引っ張ってみたけど、まったく動かない。

電話中に何すんだ、この上司!


{由比さん!?}

「あ……」


携帯から圭介さんの焦ったような声が聞こえて、慌てて耳に押し当てる。

「すみません、うるさくて!」

{そうじゃない、大丈夫なの?!} 

耳元で叫ばれて、思わず携帯を遠ざける。

きーんっていってる。耳。

すると何を思ったか、その携帯を桐原主任が取り上げた。

「えっ、ちょっ……!」

「お話中に、失礼します。私、上条の職場の同僚で桐原と申しますが……」

私の頭を押さえた腕をピンと伸ばしているから、懸命に腕を伸ばしても携帯にまったく手が届かない。

ていうか、なんで人の携帯に出る!!


「私が引き止めたものですから……、あ、そうですか。いえ、私が送らせて貰おうかと……」

「却下! 圭介さん、お迎え希望!!」

桐原主任の言葉を遮って携帯に向かって叫ぶと、主任がもんのすごい目で睨みつけてきておもいっきり目を逸らす。

怖いけど、これだけは譲れんっ!

家がばれちゃう、最寄り駅がばれてしまう!!


「はい、分かりました。そう伝えさせていただきます。失礼します」

いつの間にか話は終わったのか、切断ボタンを押してその携帯を私に向けて放り投げた。

慌てて両手を出して、ぎりぎりキャッチ。

さすが、私。


「迎えに来るってよ、もう職場を出てるから五分くらいだと」

「そうですか。ていうか、一体なんなんですか? 他人の携帯に出て」


戻ってきた携帯をさすった後、鞄にしまいこんで駅へと歩き出す。

といっても、駅のロータリー近くでご飯食べてたから、すぐそこなんだけどね。


「とりあえず家族に面識を持ってもらうのは、先決だろ」

「は? 上司だからって、そこまでします?」

どこの世界に、家族に自分の存在アピールする上司がいるっての!

「お前に対してだけはする」

「なんで! 意味がまったく分からないんですけど!」

そう叫ぶと、桐原主任は苦虫を噛み潰したような顔で、ぼそりと呟いた。

「……“ねずみ”が吠えてんじゃねぇ。黙って俺の話、聞け」

「……!」


その言葉を聞いて、カッと頭に血が上った。


“ねずみ”発言もむかつくけれど、どかどかと自分の領域に踏み込まれるのは何よりも嫌!


「そこまでして、私を食べたいのか!」

私の言葉に一瞬息を呑んだ主任は、負けずに怒鳴り返してきた。

「あぁ、食いたいね!」

ホントに捕食なわけ?!


「――どんなきわどい会話をしてるんです、お二方」


声がした方を見ると、圭介さんが呆れたような表情で立っていた。

私と同じ様に桐原主任も圭介さんを見たらしく、少し目を見開いて“一昨日の……”と呟いているのが聞こえた。

それを無視して、圭介さんの傍による。

「圭介さん、ごめんね。お仕事で疲れてるのに、迎えに来させて」

「……」

圭介さんは私の声に気が付かないのか、じっと桐原主任を見ている。

なぜかその視線はとても強く、この数日でも見たことのないもので。

思わずシャツの裾を掴んでしまった。

その振動で気付いたのか、私を見下ろして目を細める。

「あぁ、ごめんね由比さん」

それは既に、いつもの圭介さんで。

優しい表情に、息を吐き出す。


そんな私に気付いたのか、頭を緩く撫でられて苦笑する。

怖がらせたと、思ったらしい。

うん、ちょっと怖かったけど。


「じゃ、帰ろう。翔太も待ってるし」

「あ、ご飯まだ? なら、帰ってから何か作るよ」

お礼に、と続けるとふわりと笑顔を見せてくれた。


――いや、妹でも結構恥ずかしいな


赤くなりそうな頬を隠すように俯いて、反対側のロータリーへと歩き出す。


「ちょっと、待て」

改札前を抜けて反対側に出た私達は、桐原主任に呼び止められた。

ていうか、まだいたんだ。

だいぶ失礼な事を頭の中で考えながら、思い出したことに小さく声を上げて振り返る。

「すみません、主任! ご飯のお金!」

さっき、お金払わせたっきり……!


慌てて鞄から財布を取り出すと、数歩後ろにいる主任に駆け寄る。

桐原主任は不機嫌そうに目を眇めると、いらん、と財布を持った私の手を押しのけた。

「別に、いい。それより……」

「よくない!! 主任に借りとか、嫌過ぎる」

財布から千円札を取り出して、主任の鞄におもいっきり突っ込む。

「てめ、上条っ」

その手を掴まれて鞄から引っ張り出されるのと、掴まれた手を他の手に持っていかれたのはほぼ同時だった。



自分の手が攫われた先は、いつの間にか横に立っていた圭介さんの手の中。


「すみません、先ほど携帯に出られた方ですよね? 私、由比さんの隣に住んでいる遠野と申します」

ほんわかとした笑みを浮かべる圭介さんは、私の手を持ったまま桐原主任に頭を下げた。

それを、桐原主任は胡乱な表情で見ている。

「私が言う事ではないとは思いますが、もう少し女性に対しての行動は考えないと。由比さんが怪我をしてしまいますから」

「……余計なお世話だ」

桐原主任は不機嫌そうではあるが、図星を指されたようで抑えた声で返答している。


いい気味だ。

これで、私への対応を考え直せばいいのだ。


内心ふんぞり返りながら桐原主任に舌を出していた私はまだ掴まれたままの手に気付いて、圭介さんの名を呼ぶと“あぁ”と頷いてその手を持ち上げた。

「ごめんね、由比さん。先に車、行っててくれる? 路駐で捕まったら悲しいから」

そう言って私の手のひらに、車の鍵を落とす。

「え?」

反射的に聞き返した私。

「先に、行ってください」

その声に、なんとなく逆らえない気持ちになる。


……なんだかおかしな雰囲気だけど、とりあえず頷いておこう。


「じゃ、桐原主任。お先に失礼します」

「……あぁ」


いつも通りの不機嫌オーラにある意味安心して、私は圭介さんの車へと歩いていった。







由比がいなくなった後――



「なんか用かよ」

由比の後姿を見ていた圭介に、桐原が言い放つ。

不機嫌そのものの態度に、圭介は思わず口端を上げた。

「私からは特に。貴方が何か言いたそうだったので」

「お優しい事で。一体おまえら、なんなんだよ」

「何、とは?」

「あいつと、どんな関係だっていってんだ」

噛み付けば淡々と返される、そんな事はこの数分で気がついていたが、桐原はどうしても言葉を止められなかった。


圭介はそんな桐原を、ゆるく笑ってみている。

「関係、ですか? 四日前に彼女の隣の部屋に越してきた、隣人ですが」

「四日? たったの?」

驚いたように見開かれるその目に、微笑む圭介の姿が映りこむ。


「えぇ。確かに由比さんを妹のように思っている自分はいますが、貴方が睨むような相手ではありませんよ。ただ、あのような扱いは止めて頂きたいとだけお伝えします」

それだけ言うと、くるっと踵を返して車へと歩き出す。



「それが……妹見る、目かよ」

何か後ろで桐原が呟いていたけれど、圭介の耳には届かなかった。




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