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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第2章 びっくりの法則
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11


向かいの席には、味噌汁を啜る桐原主任の姿。

目の前には、おいしそうな鯖味噌定食。



どんな、シチュエーションですか? これ。




「こっち見てないで、食え。いらないなら、さっさとよこせ」

「いえ、食べます。ご飯に罪はない」



両の手のひらを合わせてから、箸を取った。

味の馴染んだ鯖は、柔らかくおいしくて。

口に入れると、ほろりと崩れる。


思わずにやけてしまう頬を、桐原主任が伸ばした指でつまみ上げた。


「ちょっ、痛いんですが?」


まぁ、少し引っ張られてるだけだからそこまで痛くないけど、食べ辛い。

おいしい物を食べている最中の意地悪は、止めていただきたい!

そんな意味を込めて睨みつけると、桐原主任は面白そうに口端を上げてその指を離す。


「さっきまで嫌そうな顔で膨れていたくせに、飯食った途端幸せそうにしやがって」


箸を持ったまま笑う桐原主任は、いつもより不機嫌さが払拭されている。

そのかわり、いつもより少し優しそうな目つきになっているのはなぜだろう。



離された頬を片手でさすりながら、そう言えば……と疑問に思っていたことを口にしてみる。



「主任は今日、出勤だったんですか? しかも、こんな遅い時間まで」

せめて終業時刻に帰ってくれていれば、絶対会わなかったのに。

とは、口にすまい。


桐原主任は食べていたしょうが焼きを一気に口に入れると、その上からご飯を放り込んで口を動かした。

少し待てとでも言うように、箸を持った手をこちらに見せて。




ていうか、豪快な食べ方だなぁ。

少し感心しながら、私も鯖を食べ進める。


おいしくご飯を食べる人に、嫌な人はいない。

そんな私の座右の銘が、崩されてしまいそうだ。


いつも不機嫌そうだし、表情も少ない。

けれど、格好いい部類に入る主任は、意外に人気があると知ったのは入社してすぐの事だった。

“ねずみ”発言後に言い争う事が多くなった私に、同僚が教えてくれたのだ。

人気のある人だから、恋愛感情がないならあまり近づかない方が身の為だよって。

そんな修羅場な状況になりたくないから頷いていたんだけど、いかんせん主任が絡んでくるからどうにもならず。

今は気にしないことにしてる。



まわりもただ私が遊ばれているだけって見えているらしくて、表立って何かされる事はないし。

だいたい、恋愛感情がわたし達の間にあるわけがない。

こんな挑戦的な求愛行動、嫌。



だったら、圭介さんの方がいいなぁ。

あんな優しい人が彼氏だったら、ほんわかと毎日過ごせそう。

まぁ、妹なんだけどね。

それはそれで、嬉しい。

だって、自分をその人の領域に入れてもらえたみたいじゃない。

恋愛っていう有償の感情じゃなくて、家族に向けるような無償の感情。

あんなに優しい笑顔で言われたら、“男の人”と身構えずに接する事ができそう。

例えば初日や次の日みたいに、ただ普通の話をするだけで赤くなる事は少なく出来そうだから。




まぁ……“凄く可愛い”に、少しどきんとしてしまったのは許して。

そして、“妹みたい”の言葉に、嬉しくも少しだけ落ちた感情も許して。



だってもしまたあの笑顔で“可愛い”なんて言われたら、妹的立場でも赤くなる気がする。




「何、考えてんだよ」

「え? けいす……。いえ、この鯖はおいしいなと」

いつの間にか口の中のものを飲み込んだのか、お茶を手にした桐原主任が目を細めてこっちを見ていた。



……不機嫌そう……



睨まれる覚えはないけれど普通に怖いので、手元の鯖味噌定食に視線を固定する。

といっても今考え事しながら食べ進めてしまったので、残っているのはお味噌汁のみ。

これ飲んだら、間が持たなくなっちゃうな……


「食べ終わったんで、二つとも下げて」


その言葉に、がばっと勢いよくお味噌汁を飲み干しました。


つーか、何、この強制っ。


呼ばれて来た店員のおねーさんが、手早くトレーを下げていった。

しかも、なぜかワタシへの睨みつけ付き。

だから、なんで。



思わず溜息をつきながらお茶を啜ると、向こうは湯飲みをテーブルに置いた。





「休み明け、うちの会社、入社面接があるんだよ。それの準備」

「は?」

いきなりなんだと思いながら首を傾げると、今日出勤した理由、と続いた。

「お前こそ、どうした? 総務は全員休みだろう?」




――今日、何をしていたの、か。


別に、絶対秘密なわけじゃないんだけど。


でも――




「あの、」


口から出た言葉は、これで。

その後が、続かなかった。



「その、」



口を開いた途端、鞄に入っていた携帯が鳴り出してびくりと肩を震わす。

「あ、あのっ」

天の助けと思いながら携帯を手に取って桐原主任を見ると、一つ溜息をついて椅子から立ち上がった。

それに頷いて、荷物を手にお店から出る。

お金は後で割り勘にすればいよね。




道路に出て慌てて通話ボタンを押すと、


{――由比さん、まさか一人で帰ろうとしてないよね?}


圭介さんの、静かな声が流れてきました――




――説教、確実みたいです





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