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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第2章 びっくりの法則
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正味五分、駅のロータリーに車が止まる。

サイドブレーキを掛けて私を見た圭介さんが、帰りは何時? と至極普通に聞いてきて少し焦った。

だって、仕事でもないのに迎えに来てもらうって私は何様。


「いえ、今日は大丈夫なんで」

シートベルトを外しながら、突っ込まれないようにさっさと降りようと車のドアを開けようとしたら――


「……あれ?」


がちっと音がして、指先が外れた。

もう一度試してみたけど、やっぱり開かない。


「……」


なんとなく運転席へと視線を向けると、圭介さんがにこりと微笑んでいた。

目が、笑ってないけど。

「何度言わせるのかな、由比さんは」

さすがに先生も怒るよ? と、冗談めかしている口調の割りに、ホンキで目が笑ってない。



あぁ、怒ってる。でも……


私は昨日から考えていたことを、少し迷った後思い切って言ってみた。

「……過保護だと思う、圭介さん。翔太になら分かるけど、他人の私にまで手は広げなくていいかと……」

しかも、まだ初めましてから三日しかたってない。

こんな浅い付き合いの私まで心配してたら、身が持たないと思う。

圭介さんは少し困ったように口を引き結ぶと、苦笑して息を吐き出した。

「ごめんね、分かってはいるんだ。面倒でしょう、こんな隣人」

その言葉に慌てて両手を振る。

「いえ、面倒とかそういうんじゃなくて。そこまでして頂くことが、申し訳ないなって思って……」

だって、ただの隣人だよ?

圭介さんが大変だって……



圭介さんは私の気持ちに気付いたかのように、ありがとうと笑う。

「私が安心したいから、由比さんに対して過保護にしているんだ。たった三日だけど、由比さんがとても素直でいい人だって分かったし。それに、翔太が……」

「翔太が?」

素直でいい人っていうストレートな褒め言葉に若干頬を熱くしながら、それでも言いよどむ様に視線を俯ける圭介さんを促すように、言葉尻を繰り返す。

「その……翔太が、由比さんに凄く懐いているから。それが嬉しいからかもしれない」

「……懐く?」

あれは、からかってるとかそういう意味合いなのでは?

私から不穏な空気を感じたのか、緩く首を横に振る。

「なんでか無条件に由比さんに本音を出してる。だから、余計にそうしてしまうのかも」


う~ん……

翔太の態度に関しては納得いくような、いかないような。

でも、その理由ならこの過保護の意味が分かる気がするし、ある意味ほっとする。


「じゃぁ、翔太の為にってこと?」

私の言葉に何を焦ったのか、いやそれだけじゃなくてっ……と圭介さんは私の右腕を掴んだ。

既に背中をシートから浮かせていた私は、圭介さんの力に引っ張られて身体が傾く。

倒れないように、手のひらでシートの座面を押さえて耐えてみる。

けれど圭介さんはそんな私の体勢に気付かないようで、焦ったように口を開いた。

「最初にも言ったけど、由比さんだから過保護にしてるのが一番の理由。翔太の為だけじゃなくて……っ」

「はい?」

思わず間の抜けた返答になってしまった私に、言い募る言葉。


「だから、私がそうしたくてしてるって事で!」



勢いよく、叫ばれました。

しかも腕を掴んでいたはずの手が、いつの間にか両肩を掴む状態になっていて。

若干、痛いです。



圭介さんの勢いに呆気に取られながら、私はゆっくりと頷いた。

「えと、ご好意、感謝します……?」

なんていっていいか分からなかった私は、とりあえずお礼を言おうと口にした言葉はこれ。


しかも、なぜに疑問系?

へへ……、自分で突っ込んでみる。



さっきまで焦っていたはずの圭介さんは、一瞬きょとんとして、思いっきり笑い出した。

「由比さん、面白すぎ。ホント、もう……可愛いなぁ」

そう言って右手を頭にのせると、ゆっくりと撫でられた。

目を細めて微笑む圭介さんの姿は、いうなれば姪っ子甥っ子を見るそんな表情で。



――子供か、私は



それでも一昨日桐原主任に頭を押さえ込まれたのを思い出して、圭介さんからされると嫌な気持ちが起こらないのが不思議と、その温かい手のひらから与えられる安心感を甘受していた。

圭介さんはゆっくりと撫でていたその手を下ろすと、多分……と呟く。

「妹みたいに、見えるのかも。由比さん、素直だし頑張ってるし、凄く可愛い」

“凄く可愛い”、多分今日中は頭の中でリフレインしてかみ締めること決定。

まぁ、“妹”が付くんだけどね。


「あー、妹。確かに、おにーちゃんって感じ。圭介さん、若干口うるさいもん」

「口うるさいは余計」

口にすると、昨日圭介さんに対して感じていた安心感や温かさが、なんとなく意味を持った気がする。

それに、妹、と明確な立ち位置を指定された事で、“男”のカテゴリーから外れてくれた。

だから、恥ずかしいとか怖いとか、そんな感情も安心感に塗り替えられていく。

そう、ゆっくりと。



――あれ、私、単純?

でも……

圭介さんを見ると、何? とでも言うように首を傾げて微笑んでいる。



優しくて安心できる雰囲気、それを向けられている幸せな気持ち。


圭介さんだから、信じられるんだろうと内心納得する。



「本当に、ありがとうございます。口うるさいおにーちゃん、そしたら今後は甘えさせていただきますが今日はホントに大丈夫なんで」

まだそれいう、と笑いながら、本当に? と念を押された。

それに頷くと、肩からずれていたバッグの肩紐を掴み上げた。

「あまり話してると圭介さん、お仕事遅れちゃうから。もう行きますね」

「あ、ホントだ」

車についているデジタル時計は、駅に着いてから十五分近くたっていることを知らせていた。


「で、鍵が開かないんだけど――」

「――あ、はい」


指で鍵を指しながら伝えると、圭介さんは思い出したように手元のボタンでロックを外してくれた。

「由比さん頑固だから、運転席側でロックしてたんだ」

「――これ、他人にやったら監禁っぽい」

「やらないよ、由井さんが頑固にならなければ」


てことは、私限定でやるんですか! もしかしたら、また!



そんなに頑固かなぁとぶつぶつ呟きながらドアを開けると、頑固だよと圭介さんから返事が来た。

いや、別に聞いてるわけじゃないんだけど。


「それじゃ、ありがとーです。お仕事頑張ってくださいね」

「面白い言葉遣いになってる。まぁ、いいけどね。それじゃ、由比さんも気をつけて」

遅くなるなら連絡ね、と言い残すと走り去っていった。



――うん、圭介さんの方が絶対頑固



私は自分の言葉に納得すると、目的のバス停目指して歩き出した。




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