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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第6章 消せない過去、寄り添う現実
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あれから六年。

八歳だった翔太は十四歳になり、中学二年に上がった。

十八歳だった圭介は、二十四歳になり地元の公立校で教師をしている。

そして十九歳の咲子は……


「圭ちゃん、お帰り!」


「ただいま」


圭介の家の近くに越してきて、父親と咲子の母親は再婚することなく藤原姓のまま過ごしていた。

事実婚状態ではあったけれど、別居をすることで一応は子供たちに気を使ったのだろう。

その子供たちといえば、親や周囲の視線や思惑を感じずにはいられなかったが、兄弟のように接し共に過ごしてきた。


こうやって、咲子が遠野の家にいるのが当たり前のように。


「圭介、お帰りー」

咲子の後ろから顔を出したのは、きっと今まで寝ていたのだろう寝癖のついた髪を直すように掌で押さえている翔太の姿。

「寝てたのか、翔太」

「ついつい。今日は、咲子さんも一緒に夕飯だってさー」

へらりと笑う翔太は、圭介が見ても自分とよく似ている。

片方だけとはいえ、血が繋がっていることが実感として感じられる。

窘めるように翔太の髪をぐしゃりとすれば、隣で咲子が楽しそうに笑った。




最初は藤原の娘である咲子も異母妹なんじゃないかと思ったけれど、母親が持っていた調査書にも載っていなかった上に全くと言っていいほど似ていない容貌にほっと胸を撫で下ろしたものだ。

実際親戚筋ではあったようだが、咲子は彼女の母親の連れ子だった為、血の繋がりはなかった。

だから、本当に、本当に……胸を撫で下ろしたのだ。


「咲子さん、笑いすぎ」


――翔太が、咲子に特別な想いを寄せている事に気付いていたから。



笑いながら言い合いながらリビングに戻っていく二人を後ろから眺めて、圭介は目を細める。

母親が生きていた頃さえ手に入れられなかった家族の団欒を、翔太に味あわせてやれることが嬉しかった。

その役割を担ってくれている咲子に、感謝の気持ちを持つ程に。


翔太が咲子に向ける特別な想いは、多分、恋愛のそれじゃない。

母親を求めるような、家族の情だろう。

そして咲子が自分達兄弟に求めるのも、同じような感情だと思う。

だからもし本当に血が繋がっていても嫌だとは思わないが、お互いにいい気持ちはしないだろう。

片や認知され、片や認知されずに育ってきたとなれば、思うところが必ず出てくるはず。


彼女自身は一人っ子であり、幼い頃に父親が亡くなってからは母親と二人で暮らしてきたと聞いている。

その上で、母親が自分達の父親と付き合いをしていたというのなら、母や翔太のいた自分より寂しい想いをしてきたのかもしれない。

初めてここに来てからもう六年、圭介と翔太の間にいつの間にか当たり前のように家族として存在していた。


たまに年頃の男女が家に出入りすることを揶揄する人達もいたが、後ろめたい気持ちになることなど一度としてなかった。


ありがたいと思うのと同時に、その元々の原因が自分の父親にあると思うと反吐が出るほど胸糞悪い気持ちになる。



二年前、圭介が教職に就くと知った時、父親は反対した。

圭介に聞きもしないで、自社に就職すると勝手に思い込んでいたらしい。

今までの自身の行動や圭介の態度から、そんなことがあるわけないのに。

猛反対されたけれど、強引に振り切った。その後、納得はしていない状態ではあるが、静観されている。

何かきっかけがあれば、教師を辞めさせて自社に入れる算段をされている……それだけは確実に分かっているけれど。

そのきっかけを与えないため、圭介はがむしゃらに仕事に打ち込んできた。

けれどそれだけではなく、子供たちと接するのも、教えるという行為も圭介には合っていたらしい。

そうやって毎日忙しなく過ごしていく中で、翔太と咲子の存在は圭介にとって本当に大切なものだった。


肩の力を抜くことができる、家族。


手を洗って洗面所を出れば、リビングから聞こえてくる二人の笑い声。


温かい明かりが包む、自分たち三人。


「今日は、卵焼きだけ私が作ったんだ」

ダイニングテーブルにすでに乗せられている夕食の一品、出汁巻き卵を見ながらちらりと咲子が視線を圭介に向けた。

圭介は、そうか、と咲子の頭を軽く撫でると自分の席に腰を下ろす。

既に食べ始めていた翔太が卵焼きをばくばく平らげていくのを見ながら、圭介も一切れ口に入れた。

「……」

そして、思わず箸を止める。


久しぶりの、味だった。

いつもお手伝いさんが作ってくれるのは、出汁の効いた味なんだけれど。

「なんかさ、懐かしい味するんだ。俺、甘い卵焼き好き」


懐かしい味……


翔太の言葉に、圭介は卵焼きを見つめた。

出汁よりも甘みがきいたこの味は、短い間だったけれどお手伝いとして勤めていた翔太の母親のもの。


「甘いのが好きだって翔ちゃんが言うから作ってみたんだけど、圭ちゃんの口に合う?」


不安そうに見てくる咲子を安心させるように、圭介は頷いた。



「美味しいよ、咲」



嬉しそうに笑う咲子と、美味そうに箸を進める翔太、そして自分というこの空間。

父親やその他の煩わしい人達がいない、穏やかな時間。

いつか二人がここからいなくなったとしても、それでも確かに今は家族だと……この先ずっと家族だと言える存在だと、そう、……そう信じていた。




そう、信じていたんだ。

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