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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第6章 消せない過去、寄り添う現実
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19

ちょっと溝口ターン


咲が溝口に声を掛けてきたのは、部活が終わって職員室に戻ってきた時だった。



盆休み明けで色々と書類仕事の溜まっていた溝口は、それを消化してしまおうと引き出しから取り出して机の上に置いた時に、声を掛けられた。


「溝口先生……ですよね?」


あまり聞く事のない若い女性の声に思わず怪訝そうになる溝口に、いやだ、と朗らかな笑顔を向けた。

「司書で採用された、藤原 咲子です。先日、お会いしましたよね」

その言葉に、右の拳を左の掌にぽんっと叩きつけて溝口は頷く。

「ごめんごめん、俺、人の顔覚えるの苦手で」

「いえ、いいんです」

そう笑うと、咲はにこりと可愛らしい笑みを浮かべた。


確か二十四歳だと聞いた記憶があるが、それにしては幼さの残る面立ちに溝口はなんとなく由比を思い出していた。

咲はそんな溝口の内心など知る由もなく、溝口に向かって小さく頭を下げる。

「遠野先生がお世話になっています。私、彼の親戚なんです」



……彼?



溝口が気になったのは、親戚という事よりも“彼”と呼んだ呼称だった。




昼間に圭介に抱き着いているところを見ているから、咲の事は顔を見て分かっていた。

それをとぼけて知らない振りをしたのは、図書室で覗いてしまった溝口に気が付いているか確認する為。

そして気安い雰囲気を作って、いったい何をしに来たかを探る為。


昼の言い方だと、圭介に会う為に態々ここに来た事が、容易に知れた。

普通、職場まで変えて会いに来るだろうか。



それに気づいた時、彼女の笑顔が……幼さが見えるその表情が、とても怖いものに思えた。

既に三十歳を越した溝口、驚くことも少なくなっていたけれど―


藤原 咲子は、そんな溝口の中でも内心何を考えているのか分からない……得体の知れない存在に映った。


「親戚?」

内心の不信感を表に出さず、溝口は不思議そうに首を傾げた。

「はい、従兄妹なんです」

従兄妹……、ね。

まぁ、なら恋愛感情絡んでもOKな間柄ってか。



それにしては、圭介は戦慄した様に固まっていたけれど。

ていう事は圭介は了承せず、この御嬢さんの一方通行って所かな。


「藤原先生、こちらこそ遠野先生にはお世話になってますよ」

「従兄ともども、よろしくお願いいたします」

そう深々と頭を下げた咲に、溝口はひらひらと手を振った。

「そんな堅苦しいのは、俺にはいいですよ。ただ、あまり親戚という事を言わない方がいいと思うけどね」

「え?」

不思議そうに瞬きをする咲に、溝口はにぃっと口端を上げた。



「同じ職場で親戚同士って別にかまわないけれど、あえて言う事でもないでしょ?」

「そう、ですか?」

「特に藤原先生可愛いんだから、遠野先生がやっかまれちゃうよ」

ね? と笑うと、一瞬きょとんとした咲が、口元に手を当ててくすくすと笑う。

「溝口先生って楽しい方なんですね。わかりました、他の方には言わないようにします」

ご忠告ありがとうございますと、再び頭を下げる咲に不自然なところはない。



……だからこその、怖さなんだけれど。



咲はひとしきり笑った後、指先を唇に当てて隣の机を見た。

「遠野先生は、もう帰られたんですか?」

その言葉に横を向けば、鞄の置かれていない机。

そのまま視線を腕時計に落とすと、溝口は机の上に出したばかりの書類を引き出しに放り込んだ。



「どうだろう、まだいるんじゃないかな。なんで?」

「いえ、自宅を知らないものですから教えてもらおうかなって……、溝口先生はご存知ですか?」


ご存知ですが、言いません。


そう内心で返事をしながら、否を伝える。

「ごめん、俺知らないんだわ」

そう言って、鞄を持って立ち上がった。

「準備室にいるかもしれないから、行ってみたら?」

促す様にドアを見遣ると、咲は嬉しそうにお礼の言葉を口にして職員室から出て行った。




溝口はもう一度腕時計を確認して、早足で職員室から駆け出す。

廊下であった同僚に挨拶をしながら、職員駐車場へと向かった。


真面目な圭介は、ほとんど同じ時刻に帰宅することが多い。

それは家で食事を作って待っている由比、もしくは翔太に配慮したものなのだが。




……頼むから、まだいてくれよ!




ぎりぎり駐車場にいる時間を確認した上で、咲を準備室へと行かせたんだから。


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