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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第6章 消せない過去、寄り添う現実
144/153

17


ドアを開けて、すぐにそれを閉める。

タンッと響いた音に、体から力が抜けた。


それでも、感情は押さえつけられない。

不穏な程、鼓動が早まる。

何とかそれを押さえようと歩き出そうとする圭介の視界の端に、蹲っている“何か”が映った。


「……」


“それ”はでかい図体を何とか隠そうとしているけれど、まったく効果はなく。

咲に会って乱された感情が、ふわっと軽くなる。

圭介は怒るどころか、つい笑ってしまった。



「……笑うなよ、人が必死になってるのに」

それ、即ち溝口は諦めた様に、廊下の隅で蹲っていた体を伸ばした。

「いや、すみません。気を遣わせてしまって」

きっと咲と一緒にいる所を、見てしまったのだろう。

知られてまずいのはこっちなのに、隠れようとするあたり、溝口は本当に面白い。

「それより、どうしました? 溝口先生がこんなところに」

立ちあがった溝口を促して歩き出すと、圭介は疑問を口にした。

間違えていなければ、溝口はこの後陸上部の練習に顔を出すはず……。


溝口は誤魔化すように後頭部をがしがし掻くと、意を決したように圭介を見た。


「由比のメルアド教えて!」


「不可」


圭介は一言で却下すると、さっさと階段を下りていく。

一瞬呆けた溝口は、慌てて圭介の後を追って階段を駆け下りた。

「頼むよ、圭介。桜さん、会ってくれるって言ったのにメルアド聞くの忘れたんだよ! 圭介に頼んでも全然だし、由比に直接頼むしか……!」

「要するにそれは、教える気がなかったという事ではないでしょうか。そこの辺りは推測できることじゃないでしょうか、溝口先生」

「いきなり他人行儀になるなって! やっと三十路にして立った恋愛フラグ、へし折るつもりなら圭介のを踏み潰すぞ」


ぴくりと圭介の目元が反応したのを見て、溝口は畳み掛ける様に続ける。


「メルアドくらい、いいだろー? それとも、直接聞きに行ってもいいのか?」

「……就業時間中です」

「へぇ、就業時間中ねー」

圭介はその言葉にふと立ち止まって、自分より背の高い溝口を見上げた。


何の感情も浮かべない、無表情で。


「な、なんだよ」


年下で背も体格も自分の方が上なのに、溝口は怯えたように後ずさりながらそれでも何とか口を開いた。

圭介はそんな溝口を見遣って口端を少し上げると、ふぃっと歩き出す。



「由比さんに、確認しておきます」



それだけ言い残すと、その場を立ち去った。






残された溝口は、壁に手をついて大きく息を吐き出した。


「こりゃまた、怖い圭介さんだこと」

そうしてジャージのポケットに入れておいた手帳を、引っ張り出す。

本当は、圭介が手帳を落としていった事に気が付いて、部活に行く前に届けてやろうと思って追いかけてきた溝口。

開いていたドアから中に入った溝口が、本棚の隙間から見た光景。


抱き着く新人司書と、抱き着かれている圭介の姿。


咲、と呼ばれた臨時司書。

確か、金曜日に飲み会に来ていた女の子だった。

圭介と浅からぬ関係なのは、さっき見た状況で感じたけれど。



「圭介は、嫌がってるみたいだなぁ」



嫌な雰囲気に、手帳の事を言いだすよりふざけた方が少しは圭介の気が楽になるかなぁと、あえて桜の事を口にしてみたのだけれど。


「少しは冷静になれたかねぇ」


そう呟くと、首をゴキゴキと鳴らしながら圭介の手帳を戻すべく職員室へと足を向けた。

面倒なことになりそうだ、とぼやきながら。

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