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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第6章 消せない過去、寄り添う現実
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圭介ターン開始




「今日も暑くなりそうだな……」

人気の少ない校舎内を歩きながら、圭介は窓から外を見遣って呟いた。




隆之はカフェ巡りをした二日後、店の事があるからと早々に自宅へと戻って行った。

圭介と翔太二人に、くぎを刺すことは忘れないで。

それを思い出して苦笑を零しながら、階段を上る。

履いているサンダルの音が、静かな廊下にぱたぱたと響いた。



初めて由比さんが口にした、両親の名前。

隆之の話を止めてしまったから、由比の心にある“何か”はまだ推測の域を出ていない。

それでも学祭の時に聞いた寝言や、家族を望んでいる態度や気持ちを考えればそれは確信を持てる推測でもある。


その、心に抱えている“何か”を、少しずつ大切な過去に変え始めた由比。


隆之の言葉を借りれば、きっかけを与えたのは自分と翔太であるのは間違いないのだろう。

けれど最後の最後に背中を押したのは、確実に隆之だ。

それを羨ましく思うのは愚かだと分かっていても、ほんの少し感じてしまった嫉妬。


「……狭量だな」


由比さんの事になると、途端、心の狭い自分が出来上がる。



それでも。

今までずっと口にしてこなかった両親の名前を、目の前で言葉にしてくれた。

たとえ翔太が一緒でも、隆之がいたとしても。


少しでも由比に近づけたと思えば、悋気も収まる。

不思議なものだ。




数日前の事を思い出しながら圭介が職員室に入ると、ドアの横にあるホワイトボードに何か書き込んでいた溝口がマーカーを持ったまま顔を上げた。

「あ、先日はどーも」

「……溝口先生」

先日?

一瞬疑問を浮かべてから、そうか……と内心納得する。

盆休み中の出勤日は別だったから、あの食事会から初めて会うのだった。

その後にいろいろあったから、すっかり遠い過去になっていたけれど。


そんな事を頭の中で考えながら、圭介は普段通り笑みを浮かべた。


「おはようございます。こちらこそ、ありがとうございました」

「……おはよーさん。てーか、すぐに口調が戻るところが遠野先生らしいよ」

マーカーを置いて、圭介と一緒にあてがわれている席へと戻る。


圭介は鞄を机に置いて中から手帳を取り出すと、椅子に腰を下ろした。

ぱらぱらと捲りながら、遠目にホワイトボードを見遣る。

「特に書くようなものは、なかったよ」

溝口は缶珈琲のプルタブをあけながら、圭介の手元を見た。

圭介は、そうですかと返しながらも連絡事項を書き込む。


溝口はもともと手帳を使わない人間だから、教えてくれたのはありがたいがそれに信用は置けないのだ。

「ん?」

圭介はホワイトボードに見慣れない項目を見つけて、眼鏡を指で押し上げる。

連絡事項の下の部分に、項目が三列増えているのだ。

昨日は休みだったから、その間に足されたものだろうか?


眉間に皺を寄せるようにホワイトボードを凝視しているのに気が付いた溝口が、一度視線を動かしてからトンと缶をテーブルに置いた。


「臨時採用の子達、今日から来てるみたいですねぇ。ほら、遠野先生が来なかった先々週の金曜日の飲み会。あん時、できれば休みの間に学校に慣れたいとかなんとか言って、それ聞いた校長が感激してたから」

「感激、ですか」

欄の理由がわかって凝視するのをやめた圭介が、手帳を閉じながら溝口に視線を移した。

「そ。今時の若い子にしては、やる気があって素晴らしいとかなんとか。来学期からの契約だったけれど、出てきた分支払う感じで短期バイト契約だったかな? そういう風にするとかなんとか」

“とかなんとか”ばかりの会話だけれど、まぁ言いたい事はだいたい理解できた。

「そうですか。体育と英語と司書でしたっけ? 私はあまり関わらない分野ですからね。まぁ頑張ってください、溝口先生」


そういうと、圭介は必要な物だけを手に立ち上がった。

「あれ? もう準備室行くの?」

寛いだ様に珈琲を飲んでいた溝口は、首を傾げながら立ち上がった圭介を見上げる。

「えぇ、もともと今日は休みの予定ですし。図書室で資料漁ってから、準備室に行こうと思います」

「あー、なんか論文書くんだっけか? そっちこそ頑張れよー」


ぴらぴらと手を振る溝口に軽く会釈で返して、圭介は図書室へと向かった。


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