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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第6章 消せない過去、寄り添う現実
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圭介さんと隆之さんは、なんだかよくわからないけれど打ち解けたらしい。

じゃないと、目の前の状況が理解できない。


「あ、おかえり由比さん」

「おー、降りて来い」



予備校帰りの翔太と駅で待ち合わせた私は、朝の会話があったからか不自然な態度をとることもなく接することが出来た。

翔太もそれに満足しているのか、楽しくおしゃべりしながら帰ってきたわけなんだけど。

自室に行ってベランダの窓を開けた途端、下……庭から声を掛けられたのだ。

視線を向ければ一昨日桐原主任たちを呼んで騒いだ庭のウッドテーブルに、凄い量のお皿と飲み物を並べた二人の姿。



驚いて着替えもそこそこに、庭へと駆けて行った。



「何してるの、二人して」


強か酔っている様子の隆之さんと、缶チューハイを手にしているのにまったく赤くもなっていない圭介さん。

「何ってお前、見りゃ分かんだろーが」

酒くさっ。

思わず顔を顰めれば、むぅっと眉根を寄せて隆之さんがそのでかい手を私の頭におろす。

ぐしゃぐしゃと掌を動かされて、後ろで止めていたバレッタが留め具が外れて地面に落ちた。

「隆之さん、酔いすぎ!」

その手を両手で掴んで引き離すと、面白くないとでも言うようにそっぽを向いた。


「なんだよなー、やっぱ若い男かよ。和也ぁ、お前の娘は冷たいぞー」


「かず……」


まるでそこにでもいるように口にするから。

思わず息をのんで、動きを止めた。


「顔は和也に似てるのに、あしらいの上手さは伊都さんの遺伝だなぁ」



口にされた名前。

六年間、私の前で口にされることのなかった名前。


もちろん、隆之さんからも言われた事がない名前。


「なぁ、由比ちゃん」

凝視するように見つめていた私の視線に気が付いたのか、それとも酔ったふりをしていただけなのかごろりと顔をこっちに向けて隆之さんが口端を上げた。


「名前って、いいよな」

「……え?」

喉から絞り出すような声になってしまった。

それを少し切なそうに見つめた隆之さんは、もう一度同じ言葉を繰り返す。

「でもさ、音にのせて言葉にして、初めて意味があると思わないか?」

ゆっくりと上体を俯せていたテーブルから離して、頬杖をつく。


「由比ちゃんは、自分の名前の意味って知ってるか?」

突然聞かれたその言葉に、少し驚きながらも頷く。



前に、両親から聞いた事がある。

皆で助け合って共同で作業をする集まりのことを“ゆい”と、だから人を助けて人に助けてもらえる子になりますようにって願いを込めて名付けたって。

そして同じ読みだからと、両親が初めて会った由比ヶ浜から漢字を取ったって。


けれど口に出すことはせず、脳裏でそれを思い浮かべた。

隆之さんも気にしないのか、表情を変えず言葉を続ける。

「由比ヶ浜もな、いろいろある説の中で由比ちゃんと同じ理由から来てるってのもあるんだぜ? 知ってたか?」


「……知らなかった……」

そうだったの?

お父さんとお母さんの大好きな場所と、同じ意味を?


「多分、あいつら地元じゃないし住んでるわけでもなかったから知らなかったんじゃねーかな」


多分、知らない。

知っていたら、あのロマンチストなお父さんだもの。

絶対に口にしていたはず。


同じ意味を持つかもしれないという事実に、嬉しさを感じる。

両親の始まりの土地と、同じ名前と意味に。


「名前はさ、両親からの贈り物だから。大切な意味を持ってるんだよ」


だから……


隆之さんはそう口にして、目を細めた。


「同じようにな。あの二人の名前も、とても大切なものなんだ」


「……」


大切な……


「あいつらの名前は、由比ちゃんが呼んでやらなくちゃ。じゃないと、寂しがるよ」

あいつらの大切な由比ちゃんが。

そう言葉を続けてから、もう一度私の頭に掌を置いた。

「もう由比ちゃんも、もう分かってるんだろ?」


過去に固執していたのは、誰かのためじゃなくて自分のためだって事に。



言葉にされなくても、隆之さんの言いたい事は心に深く伝わってくる。

それだけ、ずっとこの人に迷惑と心配を掛けてきた。

今になって気づく。

独りで耐えていると思い込んでいたことに。

そんな私を見て、周りの人もまた過去を忘れられないことに。



「……誰の名前?」


ふわりと、優しい声が横から掛けられる。

声のした方に目を向ければ、柔らかく私を見つめる圭介さん。

そしていつの間に来ていたのか、斜め後ろに翔太が立っていた。


名前……


そう、その二人は。


少し子供っぽい、お父さんと。

落ち着いているけれど、お茶目だった可愛いお母さん。


「あ、のね」


ずっとずっと、自分の中だけで大切にしてきた大事な人の大切な名前。



「……上条和也と伊都。私の両親の名前、だよ」



よくやったと褒めるように、隆之さんの手が頭を撫でてきて。

その温もりが、両親を思い出させて思わず目を伏せた。





ねぇ、お父さんお母さん。

私、もう大丈夫だよ―


今まで、ごめんね……


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