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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第2章 びっくりの法則
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瞬きを忘れたように、桐原主任の口の中に入った自分の指を見つめた。

既に指先にはチョコの感触は無く、溶けてしまったであろうことが推測される。

が、指は、開放されない。

私は信じられないものを見るように、呆気にとられたまま桐原主任を見つめた。


「な……、何を……」


指先を舐めるように這わされるその生暖かい感触に、何をなんて聞かなくてもされている事は分かっているんだけど。

されている意味が、分からなかった。



桐原主任は私に見せ付けるように、含んでいた私の指からゆっくりと口を離した。

ひやりとする指に、今までされていた事が突きつけられる。

目を見開いたまま桐原主任を見上げたら、顔を少し顰めて口を開いた。


「甘ぇ」


人の指まで舐めといて、その言い草は何!!?

桐原主任は、私をみるとニヤリと意地悪そうな顔で笑った。


「お前の、指」



「――は?」




甘ぇ……お前の、指



言われた事を復唱して意味を理解した私は、ぼわっと顔が熱くなるのを止められなかった。

怒りだから! これ、怒ってるんだから!



「何で、人の指まで食べるんですか!? 猫? やっぱり猫なんでしょ!? 人のことねずみとか言って、ホントに捕食対象だったわけですか!!」

「あぁ」

「……え!? 肯定した!? ホントに猫? ていうか、人食べるの? 信じらんない、わぁぁぁん、汚いよぉ!」

思わず舐められた指を伸ばして、右手首を左手で掴む。

他の指につく前に、トイレへ! 洗わなきゃ、洗浄しなきゃ、消毒しなきゃぁぁぁっ!


思わず立ち上がった私に、桐原主任は不機嫌そうに眇めた目を向けて右手を頭に乗せた。


「お前、汚いってどーいうことだコラ」


ぐいぐいと頭を押されて、走り出す格好のまま動けずに無駄に体力が消耗していく。

「離してくださいっ! あぁ、なんでこんな事にっ」

私、悪い事何もしてないのにっ


ぐるるる、と犬にでもなったかのように喉を鳴らして見上げると、桐原主任の目が真剣な色を帯びた。

なんでって……、と呟く。


「あのガキが……」


そこまで言って、言いよどむ。

「ガキ? って、あぁ翔太の事ですか? そういえば、昨日言ってた仕事の話ってなんだったんです?」

明日話すとか言ってたけど、私聞いてない。


一瞬視線を逸らした桐原主任は、ふぅっと息を吐いて私を見下ろした。

「お前、あいつらとどんな関係なんだよ」

「あいつら? 翔太と圭介さんですか? 昨日も言ったように、お隣さんですけど」

それ以上でも、以下でもありませんが。

「一緒にメシ食ってんだろ?」

「はぁ?」

一緒にご飯? 


食べてな……、あぁ、最初の日の事かな。

そういえば、昨日翔太がそのこと言ってたもんね。


「それは……」



そう、私が口を開いた時だった。

いきなりドアが開いて、事務課長が顔を出した。

「上条、まだ帰ってないのか?」

その手には、分厚いファイルをいくつか抱えている。

「あ、はい」


思わず反射で答えてしまった私の脊髄に乾杯←違うし


そういえば総務の主任が、役職階に課長がいるって言ってたっけ。

ドアの開く音に素早い反応を見せた桐原主任の手は、私の頭から既に外れていて。

ある意味凄いな、とか思ってしまった。

事務課長はそのまま中に入ってくると、ドアの影になって見えなかったのかそこで初めて桐原主任を見て少し驚いたように瞬きをした。

「あぁ、人事の桐原か。どうした、総務に何か用か?」

「あ、えぇ。帰ろうとしたらまだ電気がついていたので。当番にしては遅いと思って、声を掛けたんです」

その受け答えに、思わずイラッとくる。

私に対しては適当な対応するくせに、上司に対してはそれですか。

さいてー



事務課長はそんな私の胡乱な雰囲気に気付かず、自分のデスクにファイルを置いて一息ついた。

「そうか、それはありがとう。上条、もうここはいいから帰りなさい。お疲れ様」

事務課長の言葉に返事をすると、左手で(ここ重要!)残っていたチョコを鞄にしまいこむ。

そしてそれを肩にかけると、事務課長に挨拶をして総務を出た。


桐原主任と一緒に。――なぜだ。


「桐原主任、お疲れ様でした!」

「あっ、おい……」


呼び止める桐原主任を無視して、トイレにダッシュ!

鞄を洗面台に置いて石鹸をこれでもかってほど手に取ると、ガシュガシュと音を立てながらおもいっきり手を浄化(そんな気分)する。

丁度あった爪ブラシも拝借して、それはもう念入りに。

何回か洗って、アルコール除菌。


――かんっぺき!




洗いあがった手のひらをかざしてあまりの完璧さに惚れ惚れしながら、鞄を肩に掛けてトイレを出た。

携帯のマナーモードを解除しながらロビーを突っ切って、自動ドアから出る。

外は真っ暗だ。残業後だからね。


「さー、かえ……」

ろ……、と続くはずの言葉は、発する前に口の中に消えた。

自動ドア近くの壁に、なぜか抹殺た……じゃなかった、桐原主任が背をもたせ掛けてこっちを見ていたから。

一瞬固まってしまった私は、手に持っていた携帯の着信音にびくりと身体を震わせた。

「う、あ……」

恐ろしく意味不明な単語を呟きながら、とっさに通話ボタンを押して耳に当てた。

{由比?}

聞こえてきたのは、元気な男の子の声で。

一瞬にして、力が抜ける。

「ど、したの?」

翔太の呼びかけに応えながら、駅に向かって歩き出す。

ちらりと視線を足元に向けると、想像したとおり後ろから桐原主任がくっついてきている。


なんで――


このまま駅まで行くと、私の住んでるアパートが反対側にあるってことばれそうだなぁ。

一緒に帰る桜は知ってるけど、極力知られたくないわけで。

だって、面倒じゃない。


{あのさー、圭介から駅まで由比を迎えに行くように言われてんだけど、もうそろそろ仕事終わる?}

「え? うわ、圭介さんホントに手を回したわけ?」

その言い方に、携帯の向こうで翔太が笑い出す。

{センセだからねぇ、心配事は放っておけないんじゃないの?}

確かに。

でも、これは過保護すぎじゃないでしょうかね。

「私は大丈夫だから気にしないで」

{いいって。その代わりおかずくれるんでしょ? それを思えば、軽い軽い}

「あはは、ありがと。う~ん、じゃぁ圭介さんが怖いからお願いします。もう、駅に向かってるんだ」

{俺、もうすぐ駅に着くから。それじゃぁロータリーで}

「分かった。翔太、気をつけてきてね」

私の言葉に元気のいい返事が返ってきて、思わず口元が緩む。

かわいいわ~、和む!

携帯を鞄にしまって、早足で歩き出そうとした瞬間。


「……しょうた?」


ん?

後ろから声に、顔だけ斜めに傾けて桐原主任を見ると……

「……!!」

不機嫌マックスの姿がおられました。

「あのガキから、か」

何、その地を這うような声。

思わず、顔が引き攣る。


なんだかよく分からないけれど、翔太とあわせちゃいけない気がする。

でもこのまま行けば、くっついてくるだろう桐原主任と翔太はばったりってことになる……よね。


「上条」

そう言ってこっちに伸ばしてきたその手から、飛びのくように逃れる。

なんだ、ねずみな私には可愛い弟的な子がいるのも許されないのか!

人権侵害だ!

人と、思われてなさそうだけど!


飛びのいた私が気に入らなかったのか、再び伸ばしてきたその手からも思いっきり逃げてそのまま走り出した。

「上条!」

後ろでイラついた声が聞こえるけど、無視!


こういう時、身長の小さい私の身体は凄く重宝する。

人波に紛れ込むのは大得意。

ちょこまかと人波を縫うように駆け抜けると、駅を突っ切らずに横道に反れる。


そこで道端に隠れるようにしゃがむと、翔太に電話した。

{どうしたの?}

数コールで出た翔太に簡単に説明して、駅から少し離れた高架下の隋道に回ってもらってそこで落ち合った。


ここは夜に通るのは遠慮したい場所。

男の子がいるし、緊急事態だから今日は特別。


「何があったのー、由比ってば」

黒い学ランを着た翔太は、少し心配そうな顔を傾げながら隧道のこちら側で待っていてくれた。

その手元には自転車。

今日から自転車で駅まで行くって、確か言ってたもんね。


「ごめんね、面倒なことさせて」

そう謝ると、一緒に連れ立ってアパートへと歩き出す。

あぁ、きっと今頃、桐原主任は駅で怒りを増幅させてるんだろうな。

ゴールデンウィーク明けが、怖い。

けど、猶予が長いから、忘れてくれるかな。


翔太は一体何があったのかと聞いてくる。

そりゃそうだよね。こんな所にまで呼び出されて。


なので、鬼畜桐原についてどれだけ鬼畜なのか、さっきあったことをつらつらと説明してみた。

アパートまで、結構距離あるしね。

暇つぶし程度に。


翔太は心配そうに聞いていた顔を、最後は苦笑で締めくくりました。



「由比って、鈍いとか言われない?」


「言われない」


即答する私に、翔太の盛大な笑い声が押し付けられた。





なんか、覚えのあるやり取りだよね。


――さて?







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